洋食店のソーダ水

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 夕日に赤く色づく海には、まだポツポツと、黒い人影が浮いている。  人間や時代がいくら変わったとしても、この光景だけは変わらないだろうという確信が、俺にはなぜだかあった。  サーフィンは人の心が求めるスポーツ。  俺もあっち側の人間だったはずなのに。  この距離が実際よりも遥か遠くに感じる。  日の入りの時間にしては、今日は海に入っている人の数が、比較的多そうだ。  あと数十分ほどで陽が落ちるというのに、昼間の暑さのおかげで水温が高く、風のコンディションが良くて、ほどよい波が残っているのが理由だろう。  「今日は一日を通して、いい波ですね」 「えっ、レイカって、サーフィンやるの」 「はい。幼い頃から父に教え込まれて」 「じゃあ、相当のレベルなんだ」 「大したことないですよ。でも、海に入ることはやっぱり好きです。玲也さんは?」 「えっと⋯⋯昔は入ってたんだけどね。もうだいぶ長いことやってないし、ボードに乗れる気がしないな」 「あの、もし良かったら、一緒にどうですか。明後日、いい波が来るらしいんですが」 「いや、えっと⋯⋯」  返事に困って、思わず口ごもる。  まさか、レイカがサーファーだなんて。  どうりで、肌が浅黒いはずだ。  もう海に入ることはないと思っていた。  正直、まだ海が怖い。  そんな奴がサーフィンだなんて――。  また信じられる日が来るのだろうか。  渚が死んでから、ずっと恐れてきた海を。  絶対的な味方から敵へと変わり果ててしまった海に、この命を預けることが怖い。  その恐怖に、どう向き合えばいいのかも、よく分からないのに。  
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