洋食店のソーダ水

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 海を離れてからは、一度も波に乗りたいという衝動は起こらなかった。  海に対する不信感や不安感が心に留まり続けるうちに、自分から動き始めるきっかけも見失っていたんじゃないだろうか。  だがもうそろそろ前へ動くべきだという気持ちが、わずかだがあることも嘘じゃない。  今日この場所へ訪れたのが、本当に心が望んだことだとしたら、海は俺を再び受け入れてくれるだろうか。海に命を預けられるのか。  心の内側で様々な感情がゆらめく。  迷いの振り子が規則正しく動き続ける。  本当はこれまでも、誰かにこの迷いを止めてもらいたかったのかもしれない。  俺の同意なんて求めずに、強引にこの苦しみから連れ出してくれるような。 「サーフィンやりましょうよ。玲也さんのライディング、ぜひ見てみたいです」 「⋯⋯うん。どうしようかな」 「きっと久々の海は気持ちいいですよ」 「明後日は午後出勤だから、来てみようかな」 「じゃあ、またこの海岸で。朝の4時に」 「⋯⋯ああ。分かった」   彼女は心から嬉しそうな表情をしてた。  会ったときと比べてだいぶ表情が柔らかい。  今の俺の表情は、彼女にどう映っているのだろう。情けない顔をしていなければいいが。  少なくとも、この迷いが彼女に悟られないようにしなければならないな。  まだ鼓動が胸を揺らしている。  鼻からゆっくりと息を吐く。  大丈夫、大丈夫――。
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