竜の楼閣

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 たとえばそれが―― 科学的に説明のつく現象だとしても、「蜃気楼」に限らず、人は見えない物の存在を願うことが、時としてある。  大抵は自然が作り出す曖昧な像に対する、独自の解釈に過ぎない。  インクのシミが何に見えるかを問う、ロールシャッハテストと原理は同じ。 ――すなわち、人は見たいと願ったものを、自分の都合で見る力があるってことだ。  個人的な意見も含めて言い換えるとしたら、見えない物の存在に救われる人も多くいるということ。  そして人生こそ、「蜃気楼」のようなものではないかと、俺は思う。  人間の姿形のまま、この世に存在できる猶予は、宇宙の時間経過に当てはめると、ごくわずかな時間でしかない。  その幻にも似た(とき)の流れの中で感じる、苦しみ、悲しみ、痛み、嫉妬、後悔、寂しさなどの、人々が抱える負の思いの多くが、昇華されることなくこの世に残っていたとしたら――。  全ての物は海に帰ると言うけれど、その「想いの欠片たち」も、いつしか同じような帰路を辿るのではないだろうか。  誰にも知られることなく。  気付かぬうちに。ひっそりと。  海へと辿り着いた「想いの欠片たち」の一部が、辛い現実を抱える人々の目に触れ、「蜃気楼」を幻として、その目に見せているのかもしれない。  俺は、そんな「蜃気楼」のような彼女と、泡沫(うたかた)の恋をした。  彼女がこの世に存在してほしいと願ったのは、紛れもなく、俺だった――。
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