オフショアの潮風

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オフショアの潮風

*  洗濯機がたてる水音を、耳の先で感じながら、昨日の出来事を思い出していた。  視線はジーパンと水しぶきをグルグルと追いかけているのに、心はどこか遠くへ飛び立ったまま、さっきから戻ってこない。  久々に行った海。  潮の香りが、まだ鼻先に残る。  雨を吸って重くなったジーパンは、自宅に戻っても、まだ濃い色をしていた。  洗濯しようとポケットに手を入れると、ジャリ、と、何かが指先に触れる。 ――小さな白い粒と、それよりも少しだけ大きな砂粒。  ポケットを外側にひっくり返して、ベランダにその粒をパラパラと落とした。  昨日、レイカとイヤリングを探しているときに入ったのだろう。  クシャクシャになった洗い上がったジーパンを、よく広げて物干し竿に勢いよく掛けた瞬間、あのときの夕立の匂いが立つ。  レイカの香りの記憶も一緒に引き連れて。  海に照りつける太陽の瑞々(みずみず)しい香り。  あれから、彼女の笑顔が脳裏に焼き付いて、ずっと漂ったまま離れない。ジーパンに付いて取れなくなった雨ジミみたいに。  これまでずっと、その場所にシミをつけていたのは、渚だったのに。  それを覆い隠すような濃い色が、じわじわと心に染み込み始めていることに、洗濯中のジーパンを眺めていて気付いた。  昨日感じた、あの感覚。  彼女と心が通じあったと思った瞬間に現れたこの胸の高ぶり。  ようやく、前へ進むタイミングが訪れたのだとしたら――。  何かが動き始めている予感はしている。  この風をうまく受けて波に乗れば、新しい景色が見られるのだろうか。 
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