オフショアの潮風

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 自分の変化に気付く理由は他にもあった。  明け方に見た、不思議な夢。  海面を滑るように走る場面から始まる。  頬をかすめていく生暖かい海風や、素足を水たまりに浸けたときの、ヒヤッとする冷たさまで感じられる。  沖の方へと進んでいるようだが、自分がどこへ向かっているのかは分からない。  しばらく進むと、輪郭の曖昧な背中が見えてくる。その人影も沖へ向かっているようで、自然と追いかける形になった。  誰だろう――。  背丈はあまり高くない。  それが誰なのか知りたくて、人影に追い付こうとしてみても、相手のスピードの方が速いのか、全く距離が縮まらない。  水しぶきを大きく跳ね上げて、水面を強く蹴っているはずなのに、「ルームランナー」のベルトの上で走っているみたいに、先へ進む手応えがまるでない。  ショートカットに小柄な背中。  小麦色に焼けた肌。 ――直感的に、渚だと思った。  だが次の瞬間、その背中がズブズブと海に沈み始めると、あっという間に、海中へと姿を消した。文字通り、あっという間に。 「渚!」  喉から絞り出すような声で叫ぶ。  驚くことに「玲也!」と声が返ってきた。  今度こそは渚を助けなければならないと、辺りを必死に見回して探してみるが、どこにも渚の姿はない。  あるのは、俺を突き放すような静寂の海と、あきれるほど高く青い空だけだった。  そして遠い水平線には、俺を悲しげに見つめる蜃気楼が、ゆらゆらと揺れていた。 ――喪失感に体の力が抜けて、自分の存在が消えてしまいそうな感覚が、突然襲う。  あの日と同じ。渚を失くした日と。  
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