オフショアの潮風

3/11
前へ
/69ページ
次へ
 それから、夢の中の俺は肩をガクリと落とし、その場に崩れ落ちる。  たぶん何度チャンスがあったとしても、渚を救えはしないという暗示なんだろう。  そのとき足元の水面に映った空に、一匹のカモメが横切り、海岸の方へ飛んで行った。  カモメを追って、そちらへ目をやると、(おぼろ)げだが砂浜に人影が見えた。  渚の名前を叫ぼうとして、すぐ気付く。  違う。渚じゃない――。  それは砂浜の彼女――レイカだった。  長い黒髪が潮風になびいている。  声を上げ、俺に手招きをしている。 「玲也、こっちよ!」  レイカの声がはっきりと耳に届く。  さっきの声もレイカのだったのか。  知らず知らずのうちに体は動き出していた。  沖ではない。砂浜へと向かって。  俺は渚ではなく、レイカを選んでいた。  心が導かれる方へと。  水の上を一歩ずつ進むたびに、潮風が渚の記憶を一つ一つ消していくような気がした。  まるで、渚の記憶の上に、レイカの笑顔が刻まれていくような。  これまで渚を思い出すたび、心を切り刻まれるような痛みが伴った。  絡み付く薔薇(バラ)(とげ)は、逃れようとすればするほど、キツく心に食い込んで離れようとしなかった。  俺は壊れてしまいそうな自分の心を守ることで、精一杯だったんだ。    あの苦しみから逃れるときが来たんだ。  もう何かに導かれるのではない。  これは間違いなく、自分の意思だ。  砂浜に着くと、おもむろにレイカを引き寄せ、力の限り強く抱き締めた。  ずっとこの温もりを求めていたんだ。 ――そう感じたとき、パッと夢から覚める。  
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加