ちっぽけな存在

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「何かを失くされたんですか」 「ハッ」   俺に声を掛けられたことによっぽど驚いたのか、女性は顔を強ばらせ、息を吸い込むような音だけをさせた。そして、目を大きく見開き、無言でこちらをじっと見つめている。  昔の知り合いだろうか。  この場所なら、充分ありうるか。  いや、でも違う。  知らない顔だな。  しかも、想像していたよりもずっと若い。  20歳前後ってところだろうか。  高校生ってことも考えられる。  それに、こんな若い子の知り合いは、近所の子だとか、友達の妹だけだから、数は限られている。  「あっ、ごめん。別に脅かすつもりはなかったんだけど。もし探し物をしているなら⋯⋯良かったら手伝うけど。ほら、こんなところに長くいたら、熱中症になるし」   彼女の予想以上の驚きように、俺までつられるように、しどろもどろになった。  まるで、俺を知っているかのような顔をして、まじまじとこちらを見ているんだから。  突然話し掛けられて驚いたというよりかは、俺の顔に反応しているような――。  彼女の格好も、正直、違和感があった。  まだ暑さの残る9月の海辺に不釣り合いな、厚手のニット素材のワンピースに、肩から海と同じ色のストールを羽織っている。  さらに妙なのは、灼熱の砂浜にいるのに、額に汗一つかいていない。  俺の黒のTシャツは、ぐっしょりと濡れて、所々、濃く色が変わっているというのに。  小麦色に焼けた肌と、化粧っ気のない素顔。  これで足元がビーサンだったら、サーフィンをやっている地元の子の可能性もあるけど、彼女はブーツを履いていた。  しかも、しっかりと編上げされた、存在感のある、くるぶし丈の黒ブーツ。  寒い地方から、ここに観光で来たとしても、あまりに場違いすぎる。 ――それに、どことなく、アイツに似ている。 
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