ちっぽけな存在

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 少し落ち着きを取り戻したのか、ようやく彼女は、ポツリポツリと語り始めた。  頬を撫でる海風と、打ち寄せる波の音に、かき消されてしまうくらいの小さな声で。  「⋯⋯したんです」 「えっ、ごめん。聞こえなかった」 「イヤリング⋯⋯失くしてしまって。真珠の。とても大切な物で⋯⋯」   雨を含んだ真っ黒な雲のように顔を曇らせ、長いまつ毛の先に涙を滲ませる。  途切れ途切れに掠れた声は聞き取りづらかったが、彼女の表情からは、それが切実な願いだということが、十分に理解できた。 「イヤリング」と「失くした」という単語だけは、なんとか聞き取れたから。  俯いたままの彼女は、誰かに思いを馳せるかのように、右手の人差し指で、右の耳たぶの先に触れる。  もう一方の耳には、耳たぶが隠れてしまうほど大きな真珠のイヤリングが付いていた。  あぁ、そうか。なるほど。  あの片方を、砂浜で落としたんだな。  イヤリングの真珠は、初めて見るくらい立派な大きさのものだった。  あのイヤリングが、イミテーションだったとしても、涙を浮かべながら必死に探すくらいだから、余程大事なものだってことは容易に想像がつく。  あれだけの大きさがあるなら、二人で探せばすぐに見つかるだろうと、高を括る。  今日は、これから行くあてもないし、俺を待ってる人がいるわけでもない。  探し物をするには、これくらい時間を持て余した人間の方が、本来は適役だろう。 
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