ちっぽけな存在

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「手伝うよ。イヤリング探すの」 「ありがとうございます。助かります」   ようやく、彼女が初めて笑みを見せた。  子供みたいに不器用な、はにかんだ笑顔。  パーマなのか、フワフワとうねる黒髪に、南国生まれのような彫りの深い顔立ち。黒目が印象的な輝く瞳。俺なんかよりも、よっぽど海が似合う雰囲気をしている。 ――やっぱり、(なぎさ)に似ている。  屈託のない笑顔なんて、特にそっくりだ。  7年前に死んだ、幼なじみの渚。  太陽みたいな笑顔の、二つ年下の俺の渚。  海とサーフィンを誰よりも愛していたアイツが、その日に限って誰にも声を掛けずに、一人で海に入って、もう二度と戻って来ることはなかった。  ちょうどこの辺りに近付いていた大型台風が、慣れ親しんだ海を、荒々しい姿へと変えていた、あの日。  海水はタールのようにどす黒く濁り、高波が白い牙を剥いていた。  地元のサーファー連中が、その日の数日前から大きな波が来ることに浮き足立って、ソワソワしていることは知っていた。  だが普段から慎重派だったアイツが、荒れ狂う海に自分から近付こうとするだなんて、誰が想像できただろうか。  だからあの日、何がアイツを海に入らせたのかは、いまだに誰も分からない。  アイツの家族や友達の中には、悲しみのあまり、「渚は海に連れて行かれたんだ」と、海のせいにすることで、無理やりアイツの死を納得しようとする者もいた。 ――実際、俺も、そのうちの一人だった。  せめて渚の意思ではないと思いたかった。  アイツは一時の感情なんかで、周りが悲しむようなことをする奴じゃない。  そういえば、たしか、渚がいなくなった次の日も、今日くらい空が青く高く澄んでいて、同じような「蜃気楼」が、水平線にユラユラと揺らめいてはいなかっただろうか。  渚は水平線の向こうにいるのだろうか。  そして、嘆き悲しみ続ける俺たちを見て、何を思っているのだろうか――。
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