終章 クローン探偵事務所

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 『神託』を隠すことは私にとって普通の頼まれごとではなかった。ローデンが私を信頼して切り札を預けると言ったのだ。生半可な場所は選べない。よって私が隠し場所を決める際は『ローデンが探し当てられるかどうか』に基準を絞ったのだ。  なにしろ〝カーリアの湖〟は、ローデンが一度自分の身を預ける程度には信頼していて、同時に戻らなくていいのなら二度と戻りたくないと吐露した場所だ。しかも私は店主に因縁をつけていて戻るに戻れない。そして第三者はまさか、ローデンとそのような経緯を持つ娼館に『神託』があるとは、思いもしないだろう。 「服をつかみ上げて恥を知れと言った相手に『神託』を預けるなど、どういう神経をしているのですか」 「謝りたかったんだよ。私もあの時はついカッとなってしまった。どのような形であれきみを庇護していた場所だから恩もある。きみが寄りたくなった時に寄れるように仲直りしておくのもこの際ありかなと思ったんだ」  無言のまま、もしかしたら(ほう)けているか(あき)れているかも知れぬローデンに私は笑いかける。 「あそこにはもう顔を出して大丈夫だと思うよ。たまに店の者に会うのも面白くていいだろう」  言い終えると、ローデンは後ろ歩きをやめて私と再び並んだ。はてさて皮肉を飛ばすか、嫌味に笑うか、それとも本気で怒るか──。 「あははは!」  ──すべての予想を裏切り、ローデンは弾けるような笑いをあげた。  「いえ、いえ、時にわたしも忘れかけますが、そのたびにひしひしと思い知らされますよ。わたしの所有者は他ならぬヴィリアム・ハイカーだということにね」  初めて私に見せた屈託のない笑いは、とても眩しく、冷たさを感じさせる美貌からは少し幼いように見えて、だがあまりにも年相応でしっくりと来た。  そして、とても美しかった。  彼はこんなふうに笑うことができたのか。
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