ぶかっこうでいびつでやさしい

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 わたしは十一才。小学五年生で、勉強はすきじゃないけど、本はすき。  日記の最初のページに書き込む途中、ピタッと手を止める。それからふと顔をあげ、窓を見た。青くて雲一つない空広がる夏の朝がそこにある。  今日は夏休み最初の一日で、特別な日だからと、普段隠している日記帳を取り出して書いているところだった。ちょっと前の誕生日に貰った、鍵付きのノート。  記念すべき一ページ目はもちろん自分のことを書くと決めていた。  だけどただ書くだけではすぐ飽きてしまう気がする、と考えてもいた。 「――名前、付けてみる?」  机に飾ったぬいぐるみにチラッと目をやり、うーん、と唸る。  それからふと思いついて、さらさらとノートに書いた。  ノートの名前は『ミモザ』。とある本の主人公の、妹の名前だった。  ミモザはとても、いい子だった。姉を慕い、姉を思い、家族を思うような、優しい子。  だけどそれは、彼女を少しずつ蝕んでいた。そして彼女はわがままで、身勝手で、攻撃的に成長した。  そしてわたしは、彼女にひどく共感していたのだ。  ――わがままで身勝手。まるでわたしみたい。  だから彼女と友だちになりたかった。  それから夏休みは、毎日本を読んで、宿題をして、ゲームをして、日記を書いた。  ――ミモザ、今日はね、夜かくれてゲームしてたの。でもバレておこられて、ゲームとられちゃった。 だから本読んで、おかあさんにおもしろかったって話、朝にしたの。妹にも。でもね、うん、そっか、よかったね、ってだけ。目を見てくれなかったんだ。  ミモザはそんなことしないよね。 あ、読んでたのはね、ミモザの出てくる物語なんだよ――  そんな風に話しかけていれば、いつかきっと満たされる……なんて、思えるわけもなかった。十一才でもそれは、直感的にも理解していた。これは虚しいだけだって。  でもやめなかった。 苦しくて泣きそうになっても、自分がわがままで、身勝手なだけだから。可愛くないから。妹ばかり可愛がられるんだって。  耐え切れずに泣きながら書いた日。その日は涙の痕が少し、残ってしまった。こすったら少し紙がぽそぽそになって穴が開きそうだったからやめた。  そしてそのとき、鍵をつけ忘れていた。 「――あれ、ノートあけっぱだ」  気付いたのは翌日だった。  自分の部屋のベッドで目が覚めた私は、サイドテーブルに置きっぱなしになっていたノートを手に取る。だが、記憶の最後では、ノートはちゃんと閉じてあったはず。 「変なの」  言いつつノートを閉じ、ちゃんと鍵もかけてしまい直した。  まだ少しぼんやりする目を擦りながら、リビングに向かう。シン、と静まり返った家の中だから、きっと母も父も仕事で、妹はまだ眠っているのだろう。  音を立てないようにリビングに入る。ふとテレビの前のテーブルに、紙が一枚とお弁当箱が置かれていた。  なんとなくのぞき込んでから、ハッとする。 「手紙……わたし宛て?」  綺麗に折りたたまれたその紙をそっと手に取り、開いた。そこには、丁寧な字で、一言だけ書かれていた。 ――ごめんね。また、話してくれるの待ってる――  瞬間ぎゅっと握りしめた。紙がくしゃくしゃになるのも構わず、強く、強く握りしめた。  それから目の前にあったお弁当をただ、食べた。ご飯は少し、しょっぱかった。
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