くるくるに吸われた想い

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 降りしきる霧雨と縦横無尽に放たれた電磁波に覆われた街へと、ノコは鉱石ラジオを相棒に木々の合間に自転車を漕ぐ。電磁波はわずかに吸収でもされたのか、雨は常にほの温かく、ラジオはノイズを振りまいている。  ラジオからは少しばかり古めかしいシャンソンが流れていた。音質はあまり良いとは言えず、曲と曲との間に流れる葉書を淡々と読む声はかろうじて女性のものと判る程度の質だった。  ぷつりぷつりと音が一瞬途切れると、ノコはペダルを漕ぐ足を止めた。既に何事もなかったかのようにノイズ混じりの次の曲を流すラジオを手に取ると、しばし耳を傾ける。甘い声。甘い歌。悲哀を謡ったフランスの歌が、ただ、静かに流れるばかりだった。  ノコの口を溜息がつく。ラジオを戻し、ペダルへ足をかけ直した。ほの温い霧雨がノコの頬を優しく叩く。光のもやに包まれたノコを受け入れるようにそこにあった。  イクちゃん。ノコの呟きは誰に聞かれることもなく、雨に吸われて熱へと変わった。
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