雨が連れてきた男

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雨が連れてきた男

空には時報があるのか。 そう思うほど正確なここ7日間の夕立。 降り始めは5時25分、必ずぴたりと20分で止む。 手早く傘を開き、職場から駅までの道を急ぐ。 私は今日も1人の男を探す。 閉店したカレー屋の軒を借り、毎日雨宿りをする男。 当然今日もいると思っていた。なのに私のいる場所からは男を見つけることができない。さすがに今日は傘を持っていて、雨宿りをする必要がなかったのか。それとも誰かに傘を借りたのか。 男がいるはずの場所に、今日は女子高生が2人雨宿りをしている。横殴りの雨でスカートの裾の色が変わっている。降り始めてから20分が経とうとしていた。そろそろ黒い雲の隙間から細く長い光が差す頃だ。 雨の中、話題の途切れない女子高生。 自分にも聞こえないくらいの小さなため息は、雨の音に消された。 駅へ急ごうと女子高生の笑い声を通り越した。 何かが動いた。 男がそこにいた。 7日間雨宿りをする男。 夕立が過ぎるまで、職場で時間を潰すこともできる。一階には小さな書店だってあるし、カフェだってある。 なのに私は雨宿りの男を見るために、時報通りの夕立に身を任せる。 そんな7日間。 新しい光に包まれ、黒い雲は所在なげだ。 雨が止む。時計が5時45分を指す。 傘をたたむ人、空を見上げる人。軒から走り出る2人の女子高生。 「ねえ、ねえって、ちょっと待ってよ」 雨宿りの男が水たまりを踏みながら、私に近寄ってくる。 「気づいてたんでしょ?この1週間僕があそこで君のこと待ってたの」 男は私の腕をつかもうとする。 私は私の7日間を全部知り、私のかわりにずぶ濡れになってくれた傘をたたむ。 「ここで待ってたら絶対会えると思って、昨日目が合ったと思ったんだけど、雨も酷かったし、見間違えたのかと思ったよ」 男は私に話かける。 私のことを覚えているのか。 誰もまだこんな夕立を知らなかった3ヶ月前のあの日、私は男に出会った。 春の雨は私を芯から凍らせた。なかなか引かない失恋の痛手も、仕事での失敗も私を凍らせるには充分な理由だった。 傘もない、温かい未来も、暖かい過去も、熱い今も、全て春の雨に流れた。 雨に濡れながら歩くのは、今の自分に相応しい気がした。 4月の雨に濡れながら歩く私の後ろに、誰かが立つ。 「これ、どうぞ」 私に傘をさしかける男。 「え?」という私の戸惑いの声も雨の音にかき消され、届いたのかどうか分からない。 私に傘を差しかけ、すぐに姿を消す男。 もうすでに濡れそぼってしまった私の体には、遅すぎた傘。 傘と男の声で、体は少し温もりを取り戻す。 雨の日に傘を差す事を、男は思い出させてくれた。 3ヶ月前、私の後ろから傘を差しかけた男が、今私の前に立つ。私に会いたくてたまらなかったという顔で。 「あの、僕のこと覚えてるかな? その傘、、」 はにかんだ表情は夕立を切り裂いた白い光に似ている。 「あの、、雨のたびにドキドキして、、3ヶ月前、君に、、」 男は頭を掻きながらまた一歩私に近づく。 「そ、その傘、返してくれないかな? 彼女にもらった傘なんだ。雨のたびにドキドキしてさ、もし女の子にその傘貸したなんてバレたらえらいことになるんだよ。勝手なお節介だったのに、取り返しに来てすみません」 アホか、私。 雨の日の伏線回収を雨の日にしようなんて。普通か! クズ男と別れて、時代錯誤な課長に怒鳴られたくらいで、主人公になるな! 木曜10時のドラマか! あぁ、はいはい、私も他に傘ぐらい持ってますよっと。返したらいいんでしょっと。 ほなさいなら、傘男さん。 嫉妬深い彼女と仲良くね、っと。 木10のヒロインごっこ終了。 駅前のハッピーアワーの店、焼き鳥やってたっけ? もつ煮込みサービスしてくれないかな?
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