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3話 ルーシーの村での平和な日々
ルーシーの村に来て、1週間ほどが経過した。
「イテテ……。背中のキズはどうだ?」
俺は自身の背中を露出し、そう問う。
ルーシーが、俺の背中のキズを確認してくれている。
「うーん。かさぶたはできているけど、まだ治ってはいねえな」
彼女がそう答える、
竜化状態で負ったキズは、人の姿に戻った際にもフィードバックされる。
ガルドに背中を斬られたので、俺は人の姿においても背中にキズを負っているわけだ。
ちなみに、翼のような人にない部位を傷つけられたときにどうなるのかは、未実験だ。
「そうか……。悪いが、もうしばらく厄介になってもいいか?」
「構わねえよ。父ちゃんも母ちゃんも歓迎しているぜ。それに、村の人たちも」
ルーシーの両親はともかく、村の人たちにも話を広げてしまったのか?
少し話が大事になってきたな。
俺はこの村の食料事情や魔物の発生の問題を解決したことがあるし、極端な悪感情などは持たれていないと思うが……。
やはり人数が多いと、例外も発生しやすい。
できれば、俺の件はルーシーたち一家の中でとどめておいてほしかったが。
まあ、ただの村人一家である彼女たちにそこまでの判断力を求めるのは酷か。
具体的な指示を出さなかった俺の失態だ。
「すまんな。いつか必ず、この礼はさせてもらおう」
「へへっ。気にすんな……と言いたいところだが、楽しみに待たせてもらうぜ」
ルーシーがそう言って、ニカッと笑う。
彼女は純朴な村娘だ。
権力闘争や跡目争いで濁った王城や貴族界とは違う。
父上やガルドの動向に気をつけつつ、ルーシーと幸せに暮らしていくような未来もあるのかもしれない。
俺はそんなことを考えつつ、この村でキズを癒やすためにのんびりと過ごしていった。
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さらに1週間後。
ルーシーとのんびりと過ごす日々が続いている。
背中のキズは完治はしていないが、もうずいぶんと癒えた。
そろそろこの村を出立してもいい頃かもしれない。
俺はそんなことを考えながら、今は狩りをしているところだ。
「ライル様! リトルボアがそっちに行ったぞ!」
ルーシーが、小型のイノシシをこちらに追い立ててくる。
「任せろ!」
俺はそいつを迎え撃つ。
イノシシとしては小型とはいえ、それなりの質量はある。
正面から受けるような愚は犯さない。
「ふっ!」
俺は横に躱し、そして側面からリトルボアを斬りつける。
「ブモオッ!?」
リトルボアに確かなダメージを与えた。
そんな攻防を何度か繰り返し、無事にリトルボアを討伐した。
「すげえな! リトルボアをあっさりと……。さすがはライル様」
「まあ、スキルに頼らずともこれぐらいはな」
竜化スキルこそ使いこなせていないが、幼少から鍛錬に励んできたのだ。
リトルボア程度の低級の魔物であれば、問題なく討伐できる。
リトルボアの死体を俺とルーシーで村に運ぶ。
そして、その日の夜は宴会となった。
「ライル様。リトルボアの肉を提供してくださり、誠に感謝致します」
村長がそう言って頭を下げる。
小型の魔物とはいえ、村では安定して討伐できる者がいないそうなのだ。
村としては貴重な久しぶりの肉であり、大変に喜んでくれている。
「おうおう! 王城で何があったか難しいことはわかんねえが、ライルの小僧はこの村の一員だ! ずっと居てくれてもいいんだぜ?」
俺を除けば村で一番の戦闘能力を持つ20代の男がそう言う。
彼の名前はダストンだ。
「ライルの兄貴! 俺にも剣を教えてくだせえ!」
こちらは10歳ぐらいの男の子だ。
彼の名前はツルギ。
俺の剣術に憧れてくれている様子である。
俺以外で最も強い先ほどの男は、斧使いだ。
男の子としては、やはり剣のほうに憧れるのだろうか。
「うふふ。生まれたばかりのこの子も、ライル様みたいに強くたくましく、そして優しく育ってほしいですわ」
「そうだな。……ライル様、よろしければこの子に名前を付けてやってはくれませんか? 女の子です」
20代の若い夫婦がやって来て、そう言う。
妻のほうは、先日生まれたばかりの赤ん坊を抱いている。
「ふむ? では、考えてやろう」
追放された第一王子が名付けの親では縁起が悪いのでは?
そう思ったが、口には出さないでおく。
彼らは、それを差し引いても俺に敬意を払ってくれているのだ。
「…………ヤエ、でどうだ? 遠方の国の言葉で、幾重にも重なっている様子を表す。強く、たくましく、そして優しく。そんな人間に育ってほしいという意味を込めている」
「ヤエですか。すばらしい名前ですわ。ありがとうございます」
「ヤエ。お前の名前はヤエだぞ。ライル様が名付けてくださった大切な名前だ。立派に成長するんだぞ」
夫婦が、子どもに向けて微笑む。
「あうあう……。おぎゃあ」
ヤエがそう声を上げる。
どことなく、満足してくれているようにも見える。
「へへっ。みんな、ライル様に感謝しているぜ。以前の恩もあるし、このリトルボアの肉もおいしいしな」
ルーシーが満足気な表情でそう言う。
「そう言ってくれると俺も嬉しい。治療して匿ってくれた恩を、少しでも返せたのなら満足だ」
「ああ。ずっとこの村に居てくれてもいいんだぜ? ライル様」
ルーシーがそう言う。
今のところ、父上やガルドからの追手もない。
確かに、このまま1人の平民としてルーシーと幸せに暮らしていくのもいいかもしれない。
そんなことを考えつつ、村での宴会を楽しむ。
イノシシの肉を大鍋で煮込んだだけの簡単な料理だ。
王城で食べていた料理とは、味だけで言えば比較にもならない。
だが、それもみんなで食べれば話は変わる。
わいわいと笑顔に囲まれての食事は、非常に大きな満足感と幸福感をもたらしてくれる。
こんな時間がずっと続けばいいのに。
そんな風に油断していたのがいけなかったのだろうか。
平和な日々の終わりは、唐突にやってきた。
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