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――あまりの夕立の美しさにまひろは胸を打たれた。
たどたどしく紡がれる言葉は、眠気を誘う空気を一変させた。今にも睡魔に飲み込まれそうな僕も例外なく、その言葉に叩き起こされ、顔を上げて、訝しんだ。
「おかしくないですか?」
棘のある声が飛んだ。
白髪を頭にのせた先生は困ったように笑う。手に持たれた現代文の教科書を教壇においてから、腕を組んで語り始めた。
「まぁ、そうなりますよね。確かに、現代においてこの文章はあまりにも突拍子もないことに聞こえるかもしれません。言葉は特に歴史的な背景を抱えながら流れていくもので、現代において雨というのはとても恐ろしいものです」
反射的に耳を塞ぐ子がいた。嫌悪感に眉を顰める子もいる。無理もない。雨はそういう存在だった。僕だって雨は嫌いだ。じめじめとした湿度も、鬱屈とした気分になることも、人の命を奪ってしまうところもすべてが嫌いだ。でも、僕はそれだけではないものを見つけた。だから、最近は、まだ少しだけ我慢できる。
静寂から息がこぼれた。
「しんみりとさせてしまいましたね。言葉は移り変わるもので、先ほど皆さんが疑問に思った表現も、確かにあった感覚なのです。人は当たり前なことを当たり前にしてしまえば、疑うことをやめてしまうもので、今回の表現も同じようなことが言えるでしょう。私はですね、勿体ない気がするんです。だから、皆さんには改めて考えて欲しいんです。雨はどういったものなのか……ということを」
不穏が漂った。納得のいかない不全感が、初夏の風に混ざり、より一層蒸し暑さを増幅させた。死を連想させるウイルスのような雨を捉え直すなど無理難題な話だ。しかし、その強固な価値観がどうしてなのか揺らいでいた。少しずつ亀裂が入り始め、心の隙間から緩やかな可能性を掴もうとしている。
もどかしさが足元から這いよってくる。
「今は、分からなくてもわかる時が来る。そう思って、今回は二百年も前の現代文の教科書を引っ張り出して勉強しているわけです」
朽ちて消えてしまいそうな教科書が先生の手によって掲げられる。言葉はそれほど差異がないのに、表現の端々で、雨の美しさが謳われている。おそらく、先生はあえてこの物語にしたのだろう。死をもたらす雨は実のところ美しいということを伝えたかったのだろう。
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