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 僕は机に突っ伏す。本当に雨を見て、夕立を見て美しいなんて感情が湧くのだろうか。僕らにとって夢のまた夢の話だ。僕は窓外を見た。夕方から雨が降るとは思えないほどの快晴だった。雲一つない青色が広がる。その向こう側に、連なる山の稜線が境界線となって、空と陸を隔て、僕らの世界を彩っている。この景色を見ているときだけ、心が平穏でいられる気がした。  僕は教室に意識を戻す。  教室内に散りばめられた机には空席が目立った。その幾つかには、花瓶と色紙が置かれている。 「今日は、そういえば短縮授業でしたね。では、続きを……」  その声がラジオのように流れた。  昔はどんな毎日が連なっていたのだろうか。薫風に前髪を煽られながら、規則正しく並ぶ先生の声に耳を傾ける。  校内放送が鳴る。流れていたラジオが止まる。静まり返る教室には、少しだけため息が響いた。もう慣れた。心ではそう思っているのに、体はいつも痛みを運ぶ。  ――本日はこれより一斉下校とする。理由は国家雨対策基本法の第四条に則ることとする。  小さなころから幾度となく聞いた国家雨対策基本法は、百年ほど前に制定された。ついこないだ現代社会の授業で習ったからよく覚えている。そして、第四条ということは、気象庁からの通達を意味する。これは、発達した積乱雲が発生し、僕らの街に向かっているという避難勧告を伝えるものである。  天候は人の手によってどうにかなるものではない。空に大きな膜のようなものを張って、雨から街を守ろうとする動きもあったが、揃って机上の空論で終わった。結局のところ天候は神の所業で、人間が入り込む余地はないという結論から、次いで観測レーダーの強化が行われていった。今回の通達もその努力の賜物だろう。人類は絶滅しないよう今この瞬間も進化し続けている。  雨という強大な悪と戦うべく、人類は死力を尽くしている。それもこれも、雨が万物を溶かすようになってしまったからだ。自然も、人工物も、何もかもを洗い流し、残るのは錆臭いにおいだけだった。もう二度と、失いはさせないという断固たる強い思いが少しずつ犠牲者を減らしつつある。それでも、ふとした通り雨が命を奪う。 「自分を、大事な人を守るために帰りましょうか」  脳内にこだまする大事な人という言葉はずっと消えなかった。
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