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雨は世界の半分もの人口を死に至らしめた。
それが第一次融解雨災害だった。人類は最先端を手にいれ、地球以外の惑星への移住や空飛ぶ車などの開発が進み、更なる発展が期待されるタイミングで事は起きた。欧州の一部の地域で、一夜にして都市が更地になったとのニュースが飛び込んだ。座標を見比べて、間違いなく、前日まであった都市は魔法でもかけられたように消失した。さらに、その原因が雨ではないかという見解が世界中のニュースを賑わせた。
まだ、この段階では信じる者も少なかった。雨が街を溶かし、さらには人までも消してしまうとは考えられなかったらしい。それこそ突拍子もないことだと嘲笑ったという。だが、次第に浮き彫りになる無情な現実は人々の心をへし折っていった。
雨が降り注ぐ地域は、一夜にしてなくなる。この現象は幾度となく繰り返された。統計的見地からも見過ごすことはできず、雨によって何らかの不可解な現象が起きていることは間違いなかった。その事実が世界中に広まると、人々は混乱と不安の渦に飲まれた。秩序が崩壊し、国境がなくなった。地球上のあらゆるところに逃げ惑えども、雨は突如として降り注ぎ、当時の予報システムだけではカバーしきれなかった。人々は無意識的に空を見上げるようになり、雨雲を見つけると逃げるようになった。
人類はこの原因不明の現象に向き合わなければならなかった。生き残った学者たちが知力を絞って、対策を講じ、人類が半数以上の犠牲を出した段階で、融解雨耐性がある素材を発見した。しかし、その素材は希少なもので優先的に建造物に活用された。そのため、傘などの身近なものには行き届かなかった。それでも、無防備に逃げ惑うだけではない方略が出てきたことで、犠牲者は減少へと転じた。そうやって、人類は少しずつ融解雨が降る以前の生活を取り戻しつつある。
――また、難しそうなの読んでいるね。
背後から声が降り注いで僕は飛び上がった。文字ばかりを追いかけていたから彼女がこの図書準備室に来たことに気づかなかった。
「違うよ。課題が出たから読んでいただけ。別に好きで読んでいたわけじゃない」
僕は読んでいた本を閉じた。
「どんな課題?」
そう言って彼女は、僕が腰かけていた二人掛けのソファーに無理やり座り込んできた。ソファーが一つしかないのであれば、この状況も仕方がないと納得できたかもしれないが、テーブルを挟んだその向こう側にも二人掛けのソファーはある。
彼女はよいしょと声をあげて、座り直す。
「これが課題ね」
僕を置いてけぼりにし、彼女は肩口まで伸びる髪の毛を耳にかけ、カバンから眼鏡ケースを取り出し、眼鏡をかけてからどれどれとわざとらしく声を出して課題を眺めていた。
沈黙が訪れる。
雨粒が窓ガラスを叩く音が響いた。僕はそちらに目をやる。こうなってしまえば、しばらく学校から出ることも、学校に入ることもできない。ある種、隔離された世界が出来上がる。とはいえ、閉じ込められることを趣味にしているわけではない。それに、もし学校に残っていることがばれたら、よくて停学、酷ければ退学だってあり得る話だ。そのリスクを抱えてでも、僕はこの時間を大事にしたかった。いや、大事にしなければならなかった。
本当にこの学校が融解雨対応の建物で良かったと心底思っている。
「結局のところ、雨は悪ではないという視点で考えてみないといけないってこと? この先生は哲学的に考えるのね」
聡明の一言に尽きる。彼女はシンパシーというのか、感覚が鋭いというのか。何かと相手の意図を汲み取るのがうまい。今回ばかりはその力を発揮して欲しくなかったのだが、そんな僕の思惑なんて知らない彼女は、顎に指をあてながら考えているようだった。
「ちなみに、きみはこれについてどう考えているの?」
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