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「どうもこうもないさ。何も分からなかったから、さっきまでああやって本を読んでいたわけなんだけど。まぁ何というか、悪とか正義とかそういう物差しで考えるから難しくなるんだろうなと思ったかな」
適当な考えだった。向き合うなんて言葉とはほど遠いところにある誰かの言葉だった。そもそも、この図書準備室に入れる特権を持っている図書委員だって、僕の意志で決めたものではなく、誰かの言葉にあやかったものである。いつだって、僕は僕の物差しで決めた試しがない。
「きみらしい解答だね。私はどうだろうな……」
何かを考える彼女はどこか楽しそうだった。
この流れを断ち切った方が良いのに、僕はそれを放棄した。後悔するとわかっていても、この癖だけはやめられなかった。彼女が何かしらの答えを導き、それを聞いて、感心して、笑って、そんな当たり前が僕は怖いんだ。
「悪ってなんか全部を悪くするよね」
「というと?」
「ほら、悪者のやることって何もかも悪く感じるじゃない? 転んだ人に手を差し伸べても、なんか助けるというよりも、もっとひどいことになりそうだって思っちゃうし。本当は助けようと悪者が思っていても、結局悪者は悪でしかなくなっちゃうみたいな」
窓がガタガタと揺れた。
僕らはそちらを一瞥し、すぐさま何事もなかったように話に戻る。
「それがどうさっきの話と繋がるわけ?」
「きみはまだ分かっていないんだ」
彼女が楽しそうだと僕までどうしてか楽しくなる。
むず痒さが内側から広がって、僕は思わず立ち上がり、窓の外を見つめた。
「雨自体は悪くないんだと思うんだよね。たまたま雨という存在が私たちの世界にとって害をなすだけで、雨自体は本当は美しいし、ほらね」
いつの間にか、僕の隣にいた彼女は窓ガラスにこびりつく雨粒を指差した。それが何滴にも重なり合い、無色透明の中にあらゆる景色を吸収しながら流れていく。
僕は美しいとは思えなかった。
「そうかもしれないね」
彼女は目を細めた。
「でしょ。私たちは嫌だとか、悪だとか、ネガティブに捉えると、すぐ全部悪いって思っちゃうところあるじゃない? でも、そうじゃないことってたくさんあって、それは雨も同じことだと思うの」
「そうだね」
大事にしたい。そう思うと人はどうして肩に力が入ってしまうのだろうか。うまく頭が回っていない気がする。湿度が高いせいだろうか。少しだけ気分が悪くなってきた。鼓動が耳の後ろで響く。
それでも、僕は何もせず、あの時と同じように傍観している。
そんな僕を知る由もない彼女は「さて、本題に入りますか」と意気揚々に言った。
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