“運命の車輪”

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 視線を上げると既に膝を隠して襟元を正した彼女の姿があった。こうしてきっちりとした姿を見ると気さくさや快活さ以上に知的な雰囲気を感じる。 「これはタロットカードの一枚の意匠でね。暗示するものはチャンス、変化、出会い、そして幸運の到来」  彼女は視界の外だろうにその意匠が見えているかのように指を差して説明する。 「輪の右側で頭が上を向いているほうが善の獣、輪の左側で頭が下を向いているほうが悪の獣とされている。まあ車輪は回るので容易に入れ替わるものでもあるけれども」  俺はちょっと呆気(あっけ)にとられたまま相槌を打つ。 「なるほどー……えっと、占いお好きなんですか?」  その言葉に彼女はきょとんとした顔で首を傾げ「んっ?」と呻くような声を上げた。 「え、いや、タロットって占いに使うやつですよね。だからそういうの好きなのかなーって。あれ、違いました?」  彼女は俺の思ったところを理解してくれたようで首を横に小さく振った。 「いやいや、別に占いが好きってわけじゃないよ。むしろ占い自体には関心がない。ああいうの全然信じないしね」 「はあ」  初対面の相手に向かって、じゃあなんで? という疑問を口にするかどうか迷っていたけれども、その答えは彼女のほうから出してきた。 「これはあたいのシンボルなのさ」  あんまり聞かない言い回しだ。 「ええと、モットーとかポリシーみたいな?」  確認するような俺の問いに、彼女は意を得たりとばかりに満面の笑みで頷く。 「そうそれ。そういう感じのやつなんだよ。あたいにとっての運命の車輪ってやつはさ。【塞翁が馬】とかも近いイメージかな」 「なんでしたっけ……幸と不幸は交互に来るみたいな?」 「それは【禍福は糾える縄の如し】かな? ちょっと違うね。幸と不幸は容易に判断できず、ひとつひとつの物事は大げさに一喜一憂するに値しないってやつさ。例えば……」  ぽんっと自分の膝を打った。 「実は子供の頃自転車が好きだったんだけど、ある日交差点で車に巻き込まれてね、以来自転車には乗れなくなってしまった」 「え、急に重い……」  初対面の人間に雑談でする話じゃないだろ。戸惑い言葉に詰まった俺を制止するように彼女が手を横に振る。 「ははは、まあまあ。当時は相応に失意に暮れたものだけれど、それでも生活するしかない。当時はバリアフリーなんて概念もまだちらほらと出始めたばかりで不慣れな車椅子は非常に不便だった。ところがだ」
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