“運命の車輪”

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 パワステってなんだ? まあさておき、俺の人生は……どうだろう。彼女のように笑ってひとに話せるだろうか。  優秀な長兄と自由気ままな次兄、それを支えるような生真面目な末妹に囲まれなんの役割も持たなかった俺は、なにか大きな不幸があったわけでもないのに昔から不満ばかり漏らしていた。少なくとも彼女のように前向きに生きてると胸を張って言うのは難しそうだ。 「いやあ、俺は……ついてなさそうですね。パワステ?」 「そっか。ま、ひとそれぞれだしねえ」  申し訳なさそうに愛想笑いをする俺に、彼女も同じような笑みで返す。 「……あなたは、ずっとそんな感じなんですか?」 「んー、そうさねえ……?」  彼女は顎に指を当てて暫し考え込み、その指で車椅子をきゅるりと回した。 「車椅子開発を目指すまでは早くも人生終わったみたいな顔で結構腐ってたかな。それからも教師や両親に進路を反対されたとき、模試で思うほどいい結果が出なかったとき、面接で嫌なことを言われたときとか……」  指折り数えてへらりと笑う。 「まあ人間だからね。キミのほうこそずっとそんな調子なのかい?」 「え、俺?」 「そう、キミ。結構愚痴っぽいんじゃないかい?」 「あー……わかります?」  彼女に誤魔化しは通用しなさそうだ。俺は半笑いで顔を(しか)めた。 「まあなんとなくね。そういうのは顔や言葉遣いにちょいちょい出るのさ。クヨクヨする男はモテないから気をつけたまえよ?」 「いやあ、耳が痛いな。まあでも」  浮かんだ苦笑いをぐっと押し殺して笑う。 「その“運命の車輪”(ホイール・オブ・フォーチュン)とお姉さんの話は勉強になったんで、ちょっと頑張ってみようかな」 「ははは、それがいい。これも車輪の回転の(うち)だよ。夕立のおかげで良い出会いがあったと思えば悪いばかりじゃなかっただろう?」 「お姉さんのセクシーなとこも見られましたしね」 「お、そういうこと言うかなこの助平が。セクハラだよ?」 「嫌でした?」 「まあそれほどでもないかな」 「じゃあハラスメントじゃないってことで」 「口が減らないなあ……っと、雨も止んだようだしあたいはそろそろいこうかな」  気付けば雲は通り過ぎて晴れ間が広がりつつあった。彼女はタオルを片手に持ち上げる。 「ところでこれは洗濯して返そうと思うんだけどいいかな?」 「そこまでして貰わなくてもどうせ毎日部活で使ってますし、大丈夫ですよ」  首を横に振ってタオルを受け取ろうとしたが、彼女はすいっと俺の手を避けるようにタオルを引っ込めた。 「でもなあ、さっきの調子だとあたいの匂いが染みついたタオルでなにかいかがわしいコトをしないとも限らないからねえ」 「し、しませんよ!?」  にやにやした顔でとんでもないことを言い出す彼女の言葉を慌てて否定する。 「ははは、わかってるよ。さっきのちょっとした意趣返しさ。冗談はさて置き、本当に洗って返さなくてもいいんだね?」  念を押されて俺は少し返事に戸惑った。洗って返すことになにか意味があるのか? 俺はこのまま受け取っても家の洗濯機に投げ込むだけだし、彼女だってそれくらいはわかってるだろう。返す手間が増えるだけだ。  返す手間、か。  返すってことは、つまりまた会う必要があるってことだ。次の約束をするなり連絡先を聞く必要がある。  逆にここでタオルを受け取ればたぶんそれっきりだ。彼女に返す手間はなく、もう会うこともないだろう。  少し悩んで、俺は彼女にタオルを預けることにした。その言葉に微笑んだ彼女が俺と同じ気持ちだったら良いなと思いながら家路につく。
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