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当然、居間で電話を続けると思っていた茉莉衣と鉄観音だが、岡崎はそそくさと自分の部屋へ行ってしまった。二人は岡崎にガッツポーズのジェスチャーを示して見送った。
「岡崎の部屋まで行って聞き耳たてたろか」
鉄観音がにやにやするのを茉莉衣は、
「いけませんわ」
と、ぴしゃりと制した。しかし、茉莉衣も本当は気になっている。
「恋のお悩みでしたね」
「なぁ。いじめとかと違うかったし良かったわ」
「本当に。あぁ、それにしても羨ましいですわ。恋、かぁ。いいなぁ」
「なんや、茉莉衣はそんなんないんかいな」
「残念ながら、ないですわねぇ」
二人はお茶を飲んで、ほうっと一息ついた。口の中に広がるジャスミンの風味が、高ぶった気持ちを落ち着かせてくれる。
「そういう鉄観音さんはどうなんです? どなたかお慕いされている方とかいらっしゃらないんですの?」
鉄観音は月餅を口に入れるのをやめて、皿の上に戻した。
「おらんなぁ。うちあんまりそういうの興味ないんかもしれんわ。友だちと一緒に楽しくやってるだけで十分幸せやしな」
「そうなんですか?」
「うん。それにうち、こういう性格やん」
「はい?」
「なんつーの、イラチやし、なんか世間が求める女性像みたいなんからかけ離れてるやん」
「そうですね、とは言いにくいですわね」
「無理してそういうのに寄せて、恋人作ってもなぁ。しんどなるやん。せやし、いらんわ」
「はぁ。そういうもんですか」
「うちはな」
「恋愛ってみんながするべき素晴らしいものだと思ってきたので、なんでしょう、その考え方、新鮮といいますか」
「あ、恋愛できるんやったら大いにやったらええんやで。でもそれ以外にも素晴らしいもんはいっぱいあるってことよ。例えば」
鉄観音は自分のカップを見せた。
「この、ジャスミンミルクティーのようにな」
「結局それなのですね」
茉莉衣はジャスミンティーを味わった。
茉莉衣が読む小説の中の恋愛模様は甘酸っぱく、時に苦いが、苦難を乗り越えた先に必ずハッピーエンドが待っている。自分の中の恋心に気づいた岡崎を見て、岡崎は一体どんな恋愛模様を描くのだろうか、遥希くんとの甘酸っぱい青春が繰り広げられるのだろうか、なんて考えて思わず微笑んでしまう。しかし、傷つき、立ち直れなくなることだって、ないとは言えない。茉莉衣が好んで読む小説のように必ずハッピーエンドを迎える約束など、実際の恋愛では誰もしてくれないのだ。
でも、それでも、岡崎の、遥希くんから電話がかかってきた時の嬉しそうな顔を見た時、茉莉衣はきゅんとした。
「いいなぁ。恋、したいなぁ」
「できるとええな。この月餅のような甘い甘いやつをな!」
「もう、そういうのいいですから」
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