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茉莉衣は本を閉じ、ほうっと息を吐いた。
その手にあるのは、茉莉衣が中学生の頃から追いかけている同人誌作家、豊漁咲まにの新刊である。
豊漁咲まには男性同士の恋愛小説をメインで執筆しており、そのじれったくて思わず登場人物の背中を押したくなるような作風で、一部の読者にカルト的人気を誇っている。
今回もじれったすぎて、きゅんが止まらなかったわ——
茉莉衣は新刊『翳りゆく教室』を、ほぼ同人誌で埋め尽くされた本棚にそっと置いた。
茉莉衣が住んでいるのは築三十年の一戸建てである。大学入学で上京することになったが、一人暮らしをするのは怖い。シェアハウスなら他の人と暮らせて安心かと思い、この家を見つけて入居を決めた。同居人は三人で、変な人だったらどうしようと思っていたが、三人とも常識的で優しく、穏やかに暮らすことができている。二階は茉莉衣ともう一人の女性がそれぞれの部屋を持ち、一階には男性二人の部屋がそれぞれある。
茉莉衣は自分の部屋から出ると、一階へ下りた。
台所からいい香りがする。
同居人の一人、鉄観音がお茶を淹れているようだ。
「あ、茉莉衣、あんたもお茶飲む?」
鉄観音には佐藤梅子という本名があるが、初めて会ったときに「鉄観音」と呼ぶように強要してきた。特に拒否する必要も感じなかったので、以来茉莉衣は彼女を鉄観音と呼んでいる。
「ええ、いただきますわ鉄観音さん。今日はジャスミンティーですのね。いい香り」
「せや。ええ匂いしてるわぁ」
鉄観音は独自の入手ルートから仕入れた良い茶葉を使って、美味しくお茶を淹れて飲むのが何より好きだ。シェアメイトの茉莉衣たちもその御相伴にあずかり、良きティータイムを過ごすことができる。
「月餅があるから出してくれる?」
「わかりましたわ」
二人はジャスミンティーの香りを楽しみながら、月餅をお茶菓子にしてティータイムと洒落込んだ。
始まった途端、鉄観音が自分のカップのジャスミンティーに何かを投入した。ミルクピッチャーから注がれるそれは、牛乳。
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