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◆第五章 【禍穴】波浪◆
夜の社殿を見下ろすのは、壮観だった。
私と凪砂は、瑠璃丸と筆鳥がやってきた大木の枝に身を潜めていた。
結高に姿を見られても問題ないようにと、凪砂は念のため袴姿になっている。私は袴に見えなくもないロング丈のスカートパンツを穿いていた。
禍穴の件で協力してほしいといわれたのは、昨日のことだった。高校生棋士がタイトルを獲得し、伊咲屋もどこか浮足立っている夜のことである。
私は朔馬の申し出を快諾した。
妖怪を閉じ込める呪陣は、最初の頃に教わっていた。それほど難しい呪術ではないが、広範囲で長時間発動させるのは初めてである。それでもなぜか「できる」という確信があった。呪術と私は相性がいいのだろうと建辰坊がいっていたし、私自身もそう思い込んでいる。
「プロテインでも、飲んでくればよかったかな」
凪砂は両手で三角形を作り、そこから境内を覗いている。
朔馬は現在ネノシマに、巣守結高を迎えにいっている。
「慣れないもの飲むと、お腹壊すかもしれないよ」
「それもそうか」
「うん」
「それ、普通に袴に見えるね。俺も買おうかな。ユニセックスじゃなくても問題ないよね?」
凪砂は私の穿いているスカートパンツを見た。
これは三人で服屋にいった時に買ったものである。マネキンが穿いているスカートパンツを見て、朔馬は「袴みたいだ、便利そう」と興味を示した。ネノシマの服装規定は知らないが、案外ゆるいのかも知れない。
マネキンが穿いていたスカートパンツは、ユニセックスではなかったので彼は購入を諦めた。代わりというわけではないが、私はなにかの役に立つかも知れないと、それを購入したのだった。
「チャックの有無くらいしか、違いはないんじゃない? ウエストはゴムだし、トイレもそんなに困らないと思うよ」
「ウエストがゴムなら、トイレもスエットの要領でいけるのか」
桂馬の陣が開かれ、朔馬と結高が境内に現れたら、もう後戻りはできない。それが互いにわかっているせいか、私たちはいつもより口数が多かった。
凪砂は禍穴が閉じるまで、最大で四回ほど妖術を発動させることになる。
十分置きに五分間という間隔である。凪砂は自らの体力のなさをひどく心配していた。朔馬曰く、体力は人並みにあるが、それ以外のことが人並み以上にできるから気になるのだろう、とのことだった。それを凪砂本人に伝えているのかは謎である。
「緊張してる?」
凪砂は聞いた。私は「すこし」と正直に答えた。凪砂は安堵したように「だよね」といった。
視線を上げると、生活の灯りが見える。
ここからは伊咲屋の灯りも、はっきり見える。さっきまではあの灯りの中にいたが、とてつもなく遠くに感じられる。
「きた」
凪砂は這うような声でいった。
鳥居の下に空間が開くと、朔馬と結高が現れた。
朔馬は目だけで、私たちの姿を確認した。私は言われていた通りに、朔馬に電話を掛けた。彼は首に掛けているイヤホンに触れ、無言で電話にでた。
凪砂と目を合わせて浅くうなずくと、私は大木の枝から下りた。
なかなかの高さであったが、着地に問題はなかった。普段やらないだけで、案外できるものである。そんなどうでもいいことを考えながら、私は定位置にしゃがみ込んだ。そして少し前に書いた呪陣に手を添えて、術を発動させた。
呪陣の中に、人間が二人いる。
目で見るよりも鮮明に、その存在を感じる。
朔馬はネノシマにいく前に、瑠璃丸を賽銭箱の近くに移動した。今、朔馬と結高は瑠璃丸の前に佇んでいる。
結高は瑠璃丸を前に、膝をついた。
微かにお経を読むような声が聞こえる。低く、安定した声である。その声を聞いていると、時間の感覚がぼやけてくる。
吸い込まれそうなその声に耳を澄ませていると、びりりと指先に衝撃が走った。呪陣に亀裂が入ったような、そんな嫌な感覚である。
禍穴が開いたのだと、すぐに理解した。
今から十分後、私は二人に合図を送る必要がある。アラームを稼働させ、ふたたび呪陣の中の気配に意識を向ける。
禍穴からは害妖が、わらわらと出てきていた。
結高の詠唱は、今も続いている。呪いを解くために必要な詠唱だとは理解している。しかし詠唱が続く間は必然的に、朔馬一人が禍穴の相手をする。だからこそ詠唱の時間がとてつもなく長く思えた。
結高は長い詠唱を終えると瑠璃丸を腕に抱き、ゆらりと抜刀した。そしてその肢刀を、瑠璃丸に埋めた。瑠璃丸が傷ついた気配はない。
瑠璃丸がゆっくりと、温度を取り戻していくのが感じられる。
結高は瑠璃丸を丁寧に地面に置くと、息を吐いて禍穴に向き合った。
結高は抜刀すると、すぐに数匹の害妖を叩き斬った。
力強い一撃であった。彼の強さは分からないが、おそらく相当なものなのだろう。しかしその体力が、あと何分もつのか疑問だった。朔馬は必要最低限の動きで害妖を斬っているが、結高にはその気配が感じられない。
おそらく瑠璃丸の呪いは解除された。若矢香明と、巣守結高の息子は助かるはずである。あとはこの禍穴を退くことさえできれば終わりである。
しかし巣守結高は、すでに満足してしまったのではないか。そう思わせるほど、彼の一振り一振りは力強かった。命を削っているような、そんな印象を受ける戦い方である。
不意にヌヌヌと、十分を知らせるアラームが振動した。
私はその場で、真上にいる凪砂に合図を送り、朔馬には十分が経ったことを電話越しに伝えた。
三人で通話を繋げておく方が手間はなかったが「集中力が削がれる」という理由で、凪砂は通話には参加していない。
電話の返事はないと思っていたが、ガサリと耳触りな音がした後で「了解、禍穴から離れる」と朔馬の声がした。
直後、頭上から雷光のようなものがチリリと境内に向かってのびた。
「なんだ、これは」
イヤホンから聞こえたのは、結高の声だった。
結高がこの戦いに希望を見い出したような、そんな雰囲気が感じられた。
「協力者の術だ。五分間は休める」
凪砂は大木の枝から禍穴に向けて、術を出している。禍穴を焼切るイメージで、一定の力を維持するようにと朔馬にいわれていた。しかし、こうして呪陣の中で術を感じると、一定の力を保つことは難しいのだろうとわかる。
凪砂が術を出している五分間も、術を受けてもなお結高に襲い掛かってくる害妖も存在する。しかしほとんどの害妖が深手を負っているので、朔馬も結高もそれなりに休めているようである。
五分が過ぎると、私は再び凪砂に合図を送った。凪砂の術が途切れると、朔馬と結高は再び害妖に応戦した。
結高は先ほどとは違い、体力の消耗を考えている動きをしているように思えた。
あと三回。
同じことをくり返すことができたら、結高の命は助かる。しかしあと三回という回数が、今は未知の境地である。
呪陣の中にいる朔馬と結高の疲弊は強く伝わってくる。
「朔馬、賽銭箱の横にあるビニール袋わかる?」
凪砂が術を出している間、私はマイクに向かっていった。
「え? うん、見える」
「水があるから、飲めるなら飲んで。二本あるから」
「え、助かる。ありがとう」
西弥生神社には手水舎があるので不要かとも思ったが、こうして感謝されると用意してよかったと思う。手水舎にいく余裕は、今の二人にはなさそうである。
朔馬は結高にも水を差し出したが、開け方がわからない様子だった。朔馬はそれを開けると、もう一度彼に手渡した。
二人の息は上がっていたが、最初よりも連携がとれているように思える。しかし疲労が消えるわけではなく、時間が経つごとに二人の動きは鈍くなっていた。
凪砂についても、回数を重ねるごとに術の威力が落ちているようだった。もはや力を一定に保つことよりも、術を出し続けることに苦戦しているようであった。
終わりは突然訪れた。
禍穴は溜め込んだ毒を吐き出すように、大量の害妖を吐きだした。同時に禍穴の気配は、ふっと消えた。
ここを凌げば、結高は死なない。
その場にいた全員はそう思ったはずである。しかし出てきた妖怪が多すぎた。結高は同時に多くの害妖に襲われ、今までにない深い傷を負った。その傷があまりに深かったせいか、私の体にも痛みが走るような感覚を覚えた。
結高を襲う害妖が多い中、ふらふらと森を彷徨う妖怪も現れた。禍穴が消えたせいで、統制を失ったのだろう。呪陣の外にいる限り、私と凪砂は妖怪と顔を合わせることはない。しかし朔馬や結高が、背後から襲われないかと心配であった。
そんな心配をしている中、不意にぞわりと寒気が走った。呪陣から妖怪が逃げたらしい。目の粗い陣なので、こうなることは覚悟していた。それでも、追いかけたいほどには悔しかった。
術が乱れる気がしたので、呪陣から逃げた害妖の数は数えないことにした。それでも、ぞわりとした感覚がするたびに唇を噛みしめずにはいられなかった。
朔馬と結高が同時に倒れ込むと、結高を襲う妖怪が消えたことに気がついた。
二人とも生きている。
私が安堵の息を吐くと、イヤホンから朔馬の声がした。
「今、呪陣の中に、妖怪が、どれくらいいるか、分かる?」
朔馬の声は疲弊していた。
陣の中にいる妖怪の場所を口頭で説明すると、朔馬はすぐに行動に移り「あ、いたいた」と害妖を退治していった。
結高は境内に倒れ込んだまま動かず、呼吸も乱れたままであった。しかし生きている。
陣の中にいる妖怪をすべて退治すると、朔馬は凪砂を枝から下ろした。
朔馬を視認すると、想像以上に負傷していた。ケガの具合に言及しても「大丈夫、大丈夫」とくり返すだけだった。朔馬は会話に頭を使う体力がないようにも思えた。
「結高をネノシマに帰してくるよ。逃亡した妖怪に関しては、人に害はないはずだけど、今後考えるよ。今日は、本当にありがとう。なんていうか、ゆっくり休んで」
どちらかといえば、それはこっちの台詞であった。
そしてふらふらと結高の元へ向かい、桂馬の陣でネノシマへと消えていった。
◇
緊張の糸が切れたせいか、家に着くと疲労感が襲ってきた。
しかし凪砂の方が疲れている様子だったので、風呂は譲ることにした。
凪砂は眠そうな顔で風呂から上がると、負傷したまま帰ってくる朔馬が心配なので今夜は西の間で寝るといった。
よほど朔馬が心配なのか、友人には常にこんな感じで接しているのか、私にはわからない。私たちは互いに、友人の前でどんな顔をするのかを知らない。凪砂とは小学校、中学校の九年間、同じクラスになることはなかった。おそらく学校の方針である。
凪砂は積極性はないが、社交的で外面がいいので友人は多い。しかし誰とでも仲良くできるほど、無感情な人間ではないはずである。そう考えると朔馬とは特別気が合うのかも知れない。毅と同様に、話していて面白い人よりも、真面目に話を聞いてくれる人の方が相性がいいのかもしれない。
西の間に向かう凪砂を見送って、私も風呂へ向かった。
果てしない時間、呪われていた一族がいる。
その呪いが今夜解かれた。
そして朔馬は、死ぬかも知れない人の命を救った。私自身はその手伝いをしたらしい。しかしいくら考えども、本質的には何をしたのかわからないままである。
◆◆◆
ワカヤ。
ワカヤを助けにいく。
私はそういう使命を背負った。
私だけが、ワカヤを救うことができる。
◇
瑠璃丸は妖鳥であったが、人と離れて暮らした記憶はない。
産まれた時から、巣守結壱(きいち)に飼われていた。
結壱の仕事を手伝う中で、彼の部下と面識を持つことも多かった。瑠璃丸は少なからず、その者たちにも仲間意識のようなものを持っていた。
若矢も、その一人であった。
おそらく若矢は、結壱に一番近い部下であった。執務室にくる機会も多く、一緒に過ごす時間も増えていった。
しかしある日からぱったりと、若矢は結壱の執務室に訪れなくなった。
若矢は重大な任務で、岩宿の領地を離れたらしい。天津家と敵対する須王家に、若矢は派遣されたのだった。
それはとても重要で、危険な任務であることは、瑠璃丸も理解していた。寂しいという気持ちはあれど、仕事ならば仕方がない。
若矢からの連絡は届いていたが、それも日が経つにつれ、ずいぶん少なくなった。そして連絡はふっつりと途絶えた。
それでも結壱は、若矢からの連絡を毎日確認していた。そして毎日落胆していた。そんな結壱の姿を見るのは、瑠璃丸にとって辛いことだった。
若矢からの連絡が途絶えて二年が経った頃。
結壱は瑠璃丸に懇願した。
「瑠璃丸。若矢の様子を見にいってくれないか。もうお前に頼むことしかできない」
結壱は瑠璃丸を優しくなでた。
「若矢が亡くなっていたら、それはもう仕方がない。
でももし若矢が生きていたら、どうにかして救ってあげたい。
一緒に帰れるように、努力してみてほしい。
万が一拷問を受けていたり、幽閉されていたり、一緒に帰れることができなければ、楽に死なせてやって欲しい。
私は、もうそれくらいしかしてやれない。
須王家への派遣は、私が命じたものだ。私だけ安寧の地で死を向えるつもりもない。
若矢が死ぬ時は、私の命を使ってこの術を発動してくれ」
そして結壱は、瑠璃丸に強力な術を授けた。
瑠璃丸はその術を宿し、須王家に向かった。
しかし雲宿の領地に近づくと、結界によって弾かれた。
それは結壱にとって大きな誤算であった。
当時の須王家は結壱が思う以上に、強大な力を保持していた。
瑠璃丸は日本に弾かれてもなお、自分の役目を果たす日を待っていた。再び若矢の元にいける日を、主人との約束を果たす日を待っていた。
波の音にまぎれて、瑠璃丸の耳に異音が届き始めた。
なにかが来る。
もう少しで、その道が開かれる。
そして、その瞬間が訪れた。
ネノシマへの道が開かれ、瑠璃丸は迷うことなく飛び立った。
永く石になっていたが飛び方を覚えている。その事実が瑠璃丸の記憶を明瞭にさせていった。
今まで遠かった自分の記憶が、しっかりと思い出せる。
――ワカヤ、今助けにいくぞ
気の遠くなるような歳月を経て、瑠璃丸は再び若矢を救うべく雲宿に向かった。
若矢の子孫を目にした瞬間、瑠璃丸は歓喜した。
――帰ろう、ワカヤ。一緒に帰ろう
しかし若矢の子孫は、首を縦には振らなかった。
「俺はもう帰れない。一緒に帰ることはできないんだよ」
何度瑠璃丸が「帰ろう」といっても、若矢の子孫は拒み続けた。
「ごめんなさい。帰れないんだ」
若矢の子孫は悲しげにいった。
「俺はもう、雲宿の人間なんだ。君とは帰れないんだ。諦めてくれ」
若矢の子孫はそういって瑠璃丸を静かになでた。若矢の子孫が瑠璃丸に触れた瞬間、その呪いは発動した。発動条件は瑠璃丸にもわからなかった。しかし体が燃えるように熱くなった。
そして瑠璃丸は、再び結界によって弾き飛ばされた。
呪いが発動したせいか、結界に弾かれたせいか、瑠璃丸の体は深く傷ついた。朦朧とする中で、瑠璃丸はあてもなく飛び続けた。
主人の想いは、どこへ向かうのだろう。
そして自分は今、どこへ向かうべきなのだろう。
無意識に自分の軌道をたどっていたらしく、気付くと瑠璃丸は永くいた日本の神社に戻っていた。
瑠璃丸の傷は深く、今度こそ、ここで永い眠りにつく覚悟をして目を閉じた。
――ああ、瑠璃丸だ。見覚えがあります
遥か遠くで懐かしい声がする。
もう二度と聞くことがないような気がしていた、結壱の声だ。石になっていた心と体が、ゆるやかに溶けていく。
瑠璃丸は結壱から預かった術を、促されるまま手離した。
石になっても守り抜いたその術は、もう下ろしていいはずの自分の呪いだった。
苦しめていた痛みが嘘のように消えていく。
帰ろう。
若矢は居ずとも、帰りましょう。
もう、あなたの元へ帰りましょう。
◆◆◆
眠りの中で入れ替わりがおこるせいか、無意識に朔馬の記憶に潜ることがある。眠っているからこそ、自我を保てないせいだろう。
私はうっすらと泣いていた。
夢の内容は覚えている。しかし全身の痛みが、深く何かを思考することを妨げていた。
左腕が痛い。
その痛みに気づいてしまうと、もうダメだった。もう一度眠ることは到底できそうにない痛みである。
目を開けると、隣で凪砂が眠っていた。その事実に、泣き出したいほどには安堵した。痛みに耐えきれず、唸り声を上げてしまえば凪砂が起きるだろう。そう思うと、歯を食いしばって耐えられるので不思議なものである。
痛みに耐えていると、私の顔がこちらを覗いた。
かなり驚いたのでその瞬間だけは、痛みが飛んだ。
「大丈夫?」
混乱したが、私と入れ替わっている朔馬である。
「左腕、折れてるよ」
私の発した朔馬の声は、わかりやすく震えていた。
「折れてないよ、たぶん。妖怪の種類によるけど、受けた傷や痛みは数時間で消えるものが多いんだ」
「そうなの?」
「うん、そういう妖怪も多い。今回、そういう妖怪への防御はかなり甘くしたから、数時間はかなり痛いだろうけど」
「数時間で、なにもなかったみたいに治るの?」
「うん。でも後半はどういう妖怪の攻撃を受けたか、あんまり覚えてないから、断言はできないかな。でも今の痛みよりは、だいぶ楽になるはずだよ」
「あの人も、かなり重傷だよね?」
「あの位置から見えた?」
私は社殿の裏にいたので、禍穴や朔馬らの姿は目視できない位置にいた。
「見えなかったけど、陣の中だと妖怪以外の気配もわかるよ」
「結高は俺よりずっと重傷だよ。数日は動けないと思う」
朔馬は「でも生きてるよ」と付け加えた。
「あの傷で、家まで帰れたの?」
「辰巳の滝からは、金将の陣で帰っていったよ。いくつかの金将の陣を経由して、家に帰ったんだと思う」
「今後、あの人が日本にきても、もう禍穴は開かないの?」
「日本にくる度に禍穴は開くよ。今日も、あのまま結高が日本に留まっていたら、禍穴はまた開いたはずだよ」
ネノシマの人が皇帝の許可なしで国外にでるのは、本当に不可能らしい。
「さっき、瑠璃丸の夢をみてた。朔馬の夢でしょ?」
「そうだね」
「あの呪いの意味って、なんだったんだろう?」
「呪いには、きっと深い意味なんてないんだ。ただそこに、その時の感情が更新せずに残り続けるだけだよ」
朔馬は他にもなにかいいたそうだったが、ただ目を伏せた。自分はこんな悲しげな表情をするのだなと、痛みに浮かされた頭で思った。
「瑠璃丸は様子をみて、ネノシマに送り届けるよ。近いうちにネノシマにいって、結高に筆鳥を飛ばしてみる。色々落ち着いたら、望石神(もちいしのかみ)のところにいこう」
朔馬は慰めるようにいった。私は力なくうなずいた。
全身の痛みに目を閉じると、私はほどなく気を失うように眠りに落ちた。もしかしたら本当に気を失ったのかも知れない。
翌朝、私は自室のベットで通常通りの朝を迎えた。
朔馬は入れ替わる前に、私のベットに戻ってくれたらしい。
昨夜の出来事が夢だったとは思わない。
しかしいつも通りの朝を迎えると、覚めた夢ほどには遠くに思えた。
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