(6)真白の月

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『わしが嫁御寮(よめごりょう)から聞いた話と、二の滝のちび助が言うのでは中身が違ったのでな』  ――と。  あれから、三名がやしろに戻るのに同行した梟――もといヌシは、烏をつかまえ、花嫁の入れ替わりが行われる間、裏手の外回廊で羽を休めていた。  「御酒は」「あとでの」と、短いやり取り。それで、烏も左隣で胡座(あぐら)をかいて次の言葉を待つ。  きゅるり、と首を回転させた梟は、光る金のまなざしで烏を見上げた。 「あの嫁御、ちび助を好いておる。じゃが、人の世とこうも突然縁を切られてしまうのかと、そこが引っ掛かっておったようじゃ」 「完全なる、あいつの不手際だな」 「まさにの」  ホゥー、ホゥー、と、完璧なまでに梟に擬態するヌシは、嘴以外はまっ平らな顔を元の位置に戻した。そこから、ちらり、と視線を流す。花嫁の控え室の近く。裏口辺りに。 「おかしなものよの。人の子とは。短い時しか生きておらんはずなのに、どう見てもちび助が(たなごころ)の上じゃ。おそらく、うまくゆくであろ」 「そうか」  ……なら、良かった。  ヌシは、こう見えて“ひとの心”の機微に聡い。こいつがそういうのなら、大丈夫なのだろう。  ほっと吐息する烏の右腕を、梟がさわさわと翼で撫でている。どうやら労ってくれているらしい。くすぐったさに頬が緩む。  ――――縁を、大事にの。  その一言に妙に“カミ”らしき含蓄(がんちく)を感じて、烏はとうとう、ぶはっと破顔(はがん)した。そこへ。 「からす、お待たせ。送って……なにその梟。可愛い!」 「待て天音、はやまるな。そいつは」 「え? あっ」  控え室の裏戸を開けて天音が現れ、嬉々と走り寄る。  が、もちろん山のヌシとて、天音にいいように撫でくり回されるわけにいかない。僅かな“神気”も分け与えるわけにいかないからだ。  梟は、避けるのも億劫だったのか。  手っとり早く、す、と空気にかき消えた。  残念そうにしょげる天音の頭に手を乗せ、よしよしと慰める。  こんな特権は昔もいまも、これからも。 (俺だけでいい。時が来れば、必ず)  ―――――――― 「結構待ったし、もう少しなら待てる。気にすんな」 「……うん?」  飛翔しながら、なに食わぬ顔で告げた。  いずれ、ぜんぶ食っちまうからな(※比喩)とは、おくびにも出さない。真性の欲が身の裡にあるのを。  はて、俺はいつまで隠し通せるのか?  そんなことは露知らず、天音が無邪気に笑う。 「ね。今度、花火大会があるの。いちど『下から見るか、横から見るか』やってみたかったのよね。こんな風に。できるかな?」 「できるよ」  ――――あと少し。あと少し。  ざわつく胸の甘さよ。もう少しだけ、そのままで。  烏のまなざしと笑みが、なにも知らない天音の胸に息づき、たしかな恋として花ひらきつつあるのを。 「あ、月。出たね」 「…………あぁ。綺麗だな」  雲間を抜けた真白の満月が、ひそやかに、あかるく行先を照らし出していた。 〈了〉
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