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『わしが嫁御寮から聞いた話と、二の滝のちび助が言うのでは中身が違ったのでな』
――と。
あれから、三名がやしろに戻るのに同行した梟――もといヌシは、烏をつかまえ、花嫁の入れ替わりが行われる間、裏手の外回廊で羽を休めていた。
「御酒は」「あとでの」と、短いやり取り。それで、烏も左隣で胡座をかいて次の言葉を待つ。
きゅるり、と首を回転させた梟は、光る金のまなざしで烏を見上げた。
「あの嫁御、ちび助を好いておる。じゃが、人の世とこうも突然縁を切られてしまうのかと、そこが引っ掛かっておったようじゃ」
「完全なる、あいつの不手際だな」
「まさにの」
ホゥー、ホゥー、と、完璧なまでに梟に擬態するヌシは、嘴以外はまっ平らな顔を元の位置に戻した。そこから、ちらり、と視線を流す。花嫁の控え室の近く。裏口辺りに。
「おかしなものよの。人の子とは。短い時しか生きておらんはずなのに、どう見てもちび助が掌の上じゃ。おそらく、うまくゆくであろ」
「そうか」
……なら、良かった。
ヌシは、こう見えて“ひとの心”の機微に聡い。こいつがそういうのなら、大丈夫なのだろう。
ほっと吐息する烏の右腕を、梟がさわさわと翼で撫でている。どうやら労ってくれているらしい。くすぐったさに頬が緩む。
――――縁を、大事にの。
その一言に妙に“カミ”らしき含蓄を感じて、烏はとうとう、ぶはっと破顔した。そこへ。
「からす、お待たせ。送って……なにその梟。可愛い!」
「待て天音、はやまるな。そいつは」
「え? あっ」
控え室の裏戸を開けて天音が現れ、嬉々と走り寄る。
が、もちろん山のヌシとて、天音にいいように撫でくり回されるわけにいかない。僅かな“神気”も分け与えるわけにいかないからだ。
梟は、避けるのも億劫だったのか。
手っとり早く、す、と空気にかき消えた。
残念そうにしょげる天音の頭に手を乗せ、よしよしと慰める。
こんな特権は昔もいまも、これからも。
(俺だけでいい。時が来れば、必ず)
――――――――
「結構待ったし、もう少しなら待てる。気にすんな」
「……うん?」
飛翔しながら、なに食わぬ顔で告げた。
いずれ、ぜんぶ食っちまうからな(※比喩)とは、おくびにも出さない。真性の欲が身の裡にあるのを。
はて、俺はいつまで隠し通せるのか?
そんなことは露知らず、天音が無邪気に笑う。
「ね。今度、花火大会があるの。いちど『下から見るか、横から見るか』やってみたかったのよね。こんな風に。できるかな?」
「できるよ」
――――あと少し。あと少し。
ざわつく胸の甘さよ。もう少しだけ、そのままで。
烏のまなざしと笑みが、なにも知らない天音の胸に息づき、たしかな恋として花ひらきつつあるのを。
「あ、月。出たね」
「…………あぁ。綺麗だな」
雲間を抜けた真白の満月が、ひそやかに、あかるく行先を照らし出していた。
〈了〉
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