(4)行方知れず

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「え、……嘘だろ。花婿まで? 見張りは? 誰も付けなかったのか」 「残念ながら。うちの者は全員、半人前まで花嫁探しに出ている。右の部屋には封じの術を掛けておいたんだが、破られて」 「おいおい」  呆然と呟く烏の両肩に、険しい顔の二の滝が正面から手を置く。そのまま、実にすまなさそうに(こうべ)を垂れた。 「正直、もう他に手だてが……。頼む、一の(もり)。協力してくれ。弟を探して欲しい」 「はあぁ????」  なかなか力強い拘束だった。のけ反りたいのに離してもらえない。  ――うっそだろ、と再度呟くと、鏡のなかで着々と花嫁姿に仕立てられる天音に、じとり、と睨まれた。    *  *  *  やしろ前の大広場は、妖たちの熱気で沸き立った。  目深に綿帽子を被った天音の手を引き、やんやの喝采を浴びる二の滝は、この場を収めるべく片手をあげた。たちまち潮が引くように喧騒が止む。  二の滝はそれを確認したあと、す、と腕を下ろした。 「皆、我が家の寿(ことほ)ぎによく集まってくれた。礼を言う。こちらが弟の妻となる璋子(しょうこ)どの。このように、支度は万事整ったのだが、今度は弟が(ヌシ)様が連れていかれてな」  どっ! と酔客らの一団から笑いの渦が起こる。  方々(ほうぼう)から「何でだよ」などと突っ込みの声が上がるなか、「大丈夫か」「主様がなぜ」といった心配そうなざわめきも広がった。  二の滝はそれらに目を遣り、鷹揚に頷く。 「いかにも。なにしろ、人の子の乙女を妻にのぞむ身だ。特別な心得などもあるのやも知れぬ。――が、そろそろ頃合いかと。な? 一の杜」 「あぁ」  それまでずっと黙りこくって腕を組んでいた、傍らの烏が不遜な仕草のままで応える。  その過去を知るものは、皆、はっと息を飲んだ。  ――――霊峰・室伏山(むろふしやま)の筆頭守護職“一の杜”の長男坊がその昔、人間の亡者に懸想し、あろうことか現世(うつしよ)幽世(かくりよ)を往き来していたのは有名な話だ。  やがて、乙女の魂を失った青年は自棄になり、あちこちの荒くれども――離れ妖に喧嘩を吹っかけて回っていた。  結果、大いに地脈を乱してしまい、力ずくで杜の主から調伏――つまり、粛正されそうになったことも。 「では、頼む」 「そっちこそ」 「……」  烏天狗の青年たちが、意味深に目配せを交わす。  ふたりの間には口許を袖で隠し、しずかに佇む白無垢の花嫁。  やがて黒羽(くろはね)を顕にした烏は組んでいた腕を解き、勢いよく上空へと羽ばたいた。
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