最終話 くとぅるふ、ふたぐん

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 万華鏡的悪夢から目覚めると、俺は既に正気の人間ではなかった。夜が訪れれば、独り大声で喚き散らして、必死に夜鬼から自分の身を守った。逆に朝が訪れれば、途端に静かに息を潜め、自分のことを死に物狂いで探している連中から怯えながらに身を隠した。    それからある日のこと、俺は一つの言葉の意味を考えていた。奴らは言っていた、その時がやって来ると。その時とは何を意味するのであろうか?   もし、一度宇宙が消滅しても尚、古の神々は死滅していないのだとしたら・・・。もし、彼らは今、ただ深い眠りについているだけだとしたら・・・。  頭の中に決して逃れることのできない、ある一つの恐ろしい答えが浮かんでくる。    突如、何かの物音がした。一瞬ひどく驚いたが、しかしそれが単なるドアの郵便受けに何かが投函される音だと知り胸をなでおろす。それからすぐにその郵便受けの中身を確認すると、中には一通の手紙が入っていた。それを手に取り差出人の名前を見るや、急いで中身を読む。そしてその手紙を読み終えるや、体が計り知れぬ恐怖にゾッと震えた。  間もなく・・・。    間もなくその時が訪れる。星辰が正しい位置に揃う時、クトゥルフの呼び声が宇宙の彼方まで轟き、古の神々を永い眠りから目覚めさせる。  だがそうなれば、二つの世界の支配権を巡り、全宇宙が再び戦禍の炎に包まれるだろう。地上の各地には死の灰が舞い降り、死体を漁って夜の怪物どもが闊歩するようになるだろう。人々は悲惨な光景に嘆き苦しみ、やがてはおぞましい恐怖に思わず狂いだしてしまい、そこら中で死の舞踊を踊り始めるだろう。  もはやこの宇宙のどこにも、安らぎを得られる場所などないのだ・・・。  俺は手紙を握りしめると部屋の窓へと歩いて行き、そして、遥か高い上空から眼下に広がるちっぽけな人間どもの姿を眺め、そのまま不気味に笑いながら、雲一つない青空へと向かって蝶のように飛び立って行った。
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