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「夕立」って命名は正しかった。ザーッときて、サッと去る。ばあちゃんはすごい夕立打ちをしたと思ったらいっしゅんで終わった。
「ぎゃーん、何で。え、『つちみみとんら』って何よっ!」
「つちみみとんら」? これもこないだどっかの紙にあった印字。とけなかったナゾの言葉。ばあちゃんたら、いろんなとこに印刷してみたわけ?
画面にはそのあとに「らもにもちにもらなとにちきいもちとなる」と続いている。
「ねえ拓ちゃん~~~~」
ボクは、さっきのメモを思い出した。もう一度、「カタカナひらがなローマ字」のキーを押してみる。ばあちゃんの顔がぱっとかがやいた。そしてもう一度夕立。最初の雨だれとはちがう風に打ったのに、また「ざんしょおみまいもうしあげます」となった。
「うふふ。うふふふ~」
ばあちゃんはチョーうれしそうに何度もそれを打ちまくる。終わりそうもないのでボクはそっと部屋を出た。
「じいちゃん」
じいちゃんが、なぜかすぐ前の廊下で将棋を打っていた。いつもは縁側なのに。
「つまりな、最初はローマ字変換モードになってるのに、かな入力したから『x@yd)』なんてのが出たのさ」
「そんで、あの夕立打ちのときは逆だったんだね」
「そ。かな変換モードなのにローマ字打ちをした。で、『つちみみとんら』なんてのが出てきちゃったのさ……ん、夕立打ち?」
「うん。『雨だれ』の逆。ボクが命名した」
じいちゃんはゆかいそうに笑った。
「ピアノみたいにキーボードを見ないで打つやつだな。タッチタイピングというんだ。あれをやるにはローマ字打ちができないと。それをやりたくてばあさんは先月からパソコン教室に通ってるのさ」
「何で?」
「そりゃあ――」
ばあちゃんの呼び声。
「ねえ、拓ちゃん。今日はチーズケーキ作ってあるの。また奈々子さんのとこへ持って行ってくれる?」
「うん、いいよ」
ばあちゃんはケーキを包んだ紙の間に、2つ折りのきれいな花もようの便せんをすべりこませた。それを持って、ボクはまたじいちゃんと2人で出かけた。
届けたら、奈々子さんはうれしそうに受け取った。けど、その便せんに気づいて開いたとたん、顔がまっ赤になった。そこにはただ、「残暑お見舞い申し上げます」ってプリントされた1行があるだけなんだけど。
「んまー、自分の方がボケてないって言いたいわけ? 指を使ってるとか言いたいわけえ?」って。
怒ってる? じいちゃんは肩をすくめている。……ボクには何が何だか。
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