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夏の午後から夕方に降る雨を「夕立」と呼ぶらしい。そしてそれは夏の風物詩ともされている。
そんな夏の風物詩を好んで、一緒に現れる夏ならではのものが、最近この街では話題になっている。
幽霊だ。
最近夕立が降ると現れる幽霊がいると噂になっている。まあ良くある都市伝説ってやつだ。
夕立が降る交差点、傘わさし赤信号を待つ人達の目線は傘に阻まれ足元に行きがちになる。そうすると、前や横や、自分の近くにある誰のかも分からない足の動きにつられて自分も前に進んでしまうことがある。
そこで自分の前に立つ足には注意が必要だ。それは噂の幽霊かもしれない。そいつの動きに合わせて進んでしまうと、まだ赤信号。悲鳴やクラクションに気づいて顔を上げ「前にいたやつは?」なんて辺りを見回しているうちに車に轢かれてしまう。
俺が聞いた話はざっくりこんな感じだった。
ただの噂話、都市伝説と言われればそれまでなんだが、内容が内容。命に関わるレベルの、悪戯が過ぎるタイプの幽霊話なので、気にはなっている。
まあ、視界を遮らない透明なビニール傘を使い、しっかり前を見て歩くという至極真っ当なな行動をしていれは大丈夫な話なのだ。俺は噂話を聞いて以来、それをしっかりと守るようにしている。
さて、今日も夕立だ。
俺は透明なビニール傘をさし、スマホは触らず真っ直ぐ前を向く。
行き交う人達は向こうが見えない布地の傘をさし、俯向きがちに歩いている。
(おいおい、そんなんじゃ幽霊の格好の的だぜ?
っていうか幽霊いなくても普通に危ないし。)
おれはやれやれと肩をすくめながら、歩き続ける。すると、前の方に俺と同じようにビニール傘をさし、背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いて歩いている1人の女性を見つけた。
(そうそう、あれが正しい歩き方だよな。印象も断然こっちの方が良いし。)
俺は気付けば彼女のペースに合わせて歩いていた。
すると、そんな事を考えていた俺の目線に気づいたのか、彼女がくるりとこちらを振り返える。
俺はちょっと見過ぎたかと気まずさを感じつつも彼女の顔をチラリと見てしまった。
そして、絶句した。
彼女の顔は頭のてっぺんから顎の先までざっくりと割れていたのである。
驚いて踏み止まろうとした右足が空を切り、俺の身体はガクンと下に崩れて行く。
視界の端に階段が見えた。
彼女の背中ばかり見ていて、階段に差し掛かったことに気が付かなかったようだ。
階段を踏み外し、自分が落ちて行く様子はやけにスローモーションのように感じた。そんな中、思考だけは通常よりも早いくらいに動いていた。
(俺の目の前にいる奴はいったい、、、?)
相変わらず俺の目の前には真っ二つに割れた顔がある。俺が落ちて行くにつれて、だんだんと視界の上の方に消えて行くその顔は、最後にわずかに笑ったようだった。
"幽霊に、足はないんだよ、、、"
何処からとも無く聞こえて来た不気味な声が耳元でそうささやいた。
俺の視界は最後に相手の足元に差し掛かる。そこで俺はまた絶句した。
目の前にいた相手の膝から下は何もなかった。
(俺は何て馬鹿野郎なんだ。足元をちゃんと見ていたら気付けたのに、、、!)
俺の目の前には、灰色のコンクリートが近付いていた。
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