あの夏へ

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あの夏へ

——カタン、カタリと列車は心地よく規則正しい音を繰り返していた。よく冷房の効いた列車内では緩やかな時間が流れているというのに、窓の外の景色はすぐに遠ざかっていく。 硝子の向こうの木々は青々と心地良さそうに枝を揺らしていた。  俺が、長野の祖母の家に帰るのは一体何年ぶりか。俺の家族は転勤で北海道へ行ってから、一度も長野へ帰っていなかったのだ。  単純に遠いため行くのが面倒になった、というのもあるし母は姑と会うことに難色を示していた。俺は忙しい高校生活を送るうちに祖母の家のことなどとっくに忘れていた。  まぁ、そんなものだろう。何年も繋がっていられるわけではないのだ。などと思っていた俺にとって今回のことは驚きだったのだ。 「あんた成人したんだから、ばぁちゃんちに顔見せに行きなさいよ。それに今年はそういう年だから親戚全員集まるわよ」  母からそう言われたら行くしかないではないか。そうして俺はなんとか六畳半の部屋から飛び出したのだ。  母に言われたからしょうがなく、というだけではなく実は楽しみなことがある。いとこのタツキに会うことだ。  転勤する前までは夏はよく祖母の家へ行っていて、同い年のタツキと遊ぶことが楽しかった。何をして遊んだかはよく覚えていないのだが仲が良かったことだけは覚えている。内気な俺が唯一、友達と呼べた。  俺が成人ということはあいつも成人。一緒に酒を酌み交わすことを密かに楽しみにしている。  
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