思い出の場所

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 帝都理科大学の遠山准教授がその日の講義を終えて研究室に戻った途端、彼のスマホの呼び出し音が鳴った。出て見ると、同じ大学の先輩教授からだった。 「はい、遠山です。珍しいですね。(わたり)先生から僕に連絡してくるなんて。何か御用ですか?」  地震学、地質学の研究者である(わたり)教授は、苦々し気な口調で答える。 「何か御用でもなけりゃ、君と関わりたくなんぞない! 児玉絵里という女子学生を知っているか? 君の古生物学史の講義を受講している生物学科の2年生だが」 「ああ、前期のレポートが学部内で評判で、名前は知ってますよ。彼女がどうかしたんですか?」 「熊を吹っ飛ばしたという、東北の町の巨大生物のニュースは見たかね?」 「ああ、ネットでも騒いでますね。体長10メートルならもう怪獣だ」 「児玉君の出身地なんだよ、あの町は。彼女は私の講義の受講生でね、今。知恵を借りたいんで君と引き合わせて欲しいと頼んできたわけだ」 「はあ、会うのはかまいませんが。分かりました、明日午後5時なら、その場所で」  翌日の夕方、西日が差し込む大学学食の喫茶コーナーの一角のテーブルに3人は集まった。  絵里は色白で女性としては長身の利発そうな女子学生だった。遠山がテーブルに近づいて来ると、すぐさま立ち上がって深々とお辞儀をした。 「遠山先生ですね。お忙しいところをわざわざすみません」  遠山は絵里が美人なのにウキウキして、笑って言った。 「いやいや、夏休み中の特別講義も終わったし、君のような有望な学生の頼みなら大歓迎だよ」  既にテーブルの椅子に腰かけている渡は皮肉たっぷりの口調で口をはさんだ。 「美人の女子学生の頼みなら、の間違いじゃないのか? 児玉君、気遣いは無用だぞ。この手の話には喜んで飛びつく軽薄な学者だからな、そいつは」 「その言い草はあんまりじゃないですか、渡先生。ところで、古生物学志望の君がどうして渡先生の講義を?」  絵里はあごひげをしごいている渡の方をちらりと見て答えた。 「化石には火山活動や地質の影響が加わりますから。そういう知識も必要だと思うので、選択科目で渡先生の講義を取ってるんです」  3人がテーブルに座り、絵里がタブレットに写真を表示した。 「遠山先生。この生物は何だと思われますか?」  そこには、ピンボケの巨大生物の写真があった。前脚の先の、体全体から見て異様に長く大きい爪を見て遠山が腕組みをする。 「現存する生物種の中ではナマケモノに似ている気がする。しかしナマケモノは大きい物でも全長60センチというところだ。10メートルのナマケモノなんて聞いた事もない」  渡が写真を見ながら言った。 「ナマケモノって、あの一日中木の枝にぶら下がっているやつか? 動作がとんでもなくのろい動物だろう? 熊をぶっ飛ばすほどの素早い動きは出来んだろう」  絵里が覚悟を決めたという表情で話を切り出した。 「あの、実は、あたしたちナマケモノをこっそり飼っていた事があるんです。小学生の時に、あたしも含めて4人で。実はこの写真を撮った地元の猟友会の会員は、その時の4人の一人で」 「はあ?」  奇しくも渡と遠山は同時に同じ言葉を発した。渡が先に言った。 「ナマケモノを飼っていた? あれは中南米の生き物だぞ。どうして日本にそんな動物がいた?」  絵里が答える。 「あたしたちが通っていた小学校の近くの林の中に変な箱が落ちていて。その中にいたんです。もちろん、その頃は、子どものあたしたちが抱きかかえる事ができる程度の大きさでしたけど」  遠山が頭を抱えて絵里に訊く。 「その時のナマケモノが巨大化したのが、この怪獣みたいなやつだと言うのかい?」 「確信があるわけではないんです。ただ、その猟友会の若いメンバー、名前は守と言うんですけど、彼から連絡があって。同じ場所に傷跡があったと」  渡と遠山は顔を見合わせた。渡がせわしなくあごひげをしごきながら言う。 「何かの突然変異で巨大化したとしたら、生物学者である遠山君の領分だな、確かに。だが、そんな事があり得るのか?」  遠山はすっかりぬるくなったアイスティーを一口すすって言った。 「仮にそうだとしても、生態まで変化はしないはずです。児玉君、現地へ行って調べてみたい。案内を頼めるかい?」  絵里はテーブルに両手を突いて頭を下げた。 「もちろんです。こちらから、それをお願いするつもりでした」  渡は立ち上がりながら言った。 「念のため、宮下君にも連絡しておこう」  遠山がきょとんとした顔で訊く。 「誰ですか、それ?」 「以前手を貸した、警視庁公安機動捜査隊の警部補さんだよ。ひょっとしたら、動物の密輸事件が関係しているかもしれんからな」
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