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列車が停まってヘルツは目が覚めた。夢という形で昔を思い出していたらしい。窓の外を見ると列車がグログニッツ駅で停まっている。駅員がゼメリング超えの準備の為に20分停まることを叫んでいる。ゼメリングに着くのは真夜中になるから家政婦のヨハンナも用意するのは骨だろう。食料とワインを買い求めにヘルツも列車を降りた。ワインの1杯ぐらいなら病床のルドルフも飲むことが出来るだろうと思って赤ワインも買っておいた。まだ雨は降っている。買った食料を食べながらこの雨の中で起こったであろう惨劇をゆっくり思い出した。
ベスターが殺された日もこんな土砂降りが続いた最中だった。寒くしかも陽が沈むのが早かったので居酒屋に繰り出す村人たちも早々に家に引き上げ、家に籠った。例外なのはその雨の中を馬で走り回っていたベスターだ。あの日ベスターは夜8時頃に村唯一の居酒屋『もぐら亭』に入り、2時間ほど飲んで家に帰る途中を襲われ、首を斬られて殺された。彼の首は独り暮らしのマリア・ヴォツェック嬢の庭に転がり、それを見つけた老嬢の絶叫で惨劇が発覚した。彼の胴体はヴォツェック嬢の家とルース家の前の一本道で発見された。彼が乗っていた馬は崖から落ちたのか森に潜り込んだのかとうとう見つからなかった。足跡は降り続けた雨によって全て消し去られた。叫び声や言い争うような声は全く聞かなかったと夜遅くまで起きていたルドルフもヴォツェック嬢も断言し、近くの家の者も同じだった。全員の証言が一致するとなるとベスターは殺人者にまったく気が付かなかったことになる。しかしベスターほどの男が無抵抗で殺されるなど考えられない。ましてや首を斬られるなど。ウィーンでも例を見ない残虐な殺人に村中が震え上がり、大人も子供も陽が沈むとすぐに家に篭り、外を出歩く者は居なくなった。
村の警察は直ぐにニーダーエスターライヒ州都ザンクト・ペルテンに応援を応援を要請した。それ自体は決して間違いでは無かった。ザンクト・ペルテン警察のバウアー警察もベスターの悪評は知っていたからベスターと揉め事を起こした人間たちを、寝室から洗濯物まで徹底的に調べ上げた。その結果その前々日に「いつか殺してやる」と食ってかかったエーリヒ・アルデンホフが逮捕された。
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