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「? ああ、当然だ。わたしはもう何年も前から教会の地下で眠っている。アルバン・ヘルツ、早くルドルフ・ルースの側に行ってあげなさい。馬車を出してあげよう。彼は君をずっと待っていたかもしれない」
「……そうかもしれません。ありがとうございます、神父様」
道歩く人は1人もおらず、明かりが付いている家も見当たらない。ルドルフの洋裁店は建物はさらに色が褪せ、傷だらけだったがそれ以外は懐かしい。2階を仰ぐと明かりはついているが静かだ。まだルドルフの息はある。ヘルツはほとんど光のない階段を上り、ドアを叩いた。
家政婦のヨハンナはすぐにドアを開けてくれた。彼女は泣いてヘルツの来訪を喜んだ。びしょ濡れのコートと帽子も喜んで預かる。
「この部屋の1番奥で旦那様がお待ちかねです」とヨハンナが急き立てる。ヘルツの心臓はその速足と同じぐらい性急に鼓動を打っていた。30年以上も会っていなかったもう1人の友達は今、何を思っているだろう? ヘルツを呼び寄せて何を語ろうと言うのだろう? ……ヘルツと同じことだろうか? それとも……
「旦那様、アルバン・ヘルツ様がお見えです」とヨハンナがドアを開けた。かなり狭く、しかも暗い部屋だ。命の気配が感じられない。しかし入って左手のベッド側に洋燈が置かれ、その明かりが主人のルドルフを照らしている。
ヘルツはグログニッツ駅で買ったワインを落としそうになった。ルドルフにかつての面影はなかった。子供の頃は太り気味だったのに、今の彼は頬はこけて目と骨ばかりが肌からぼこり、と飛び出してまるで骸骨だ。
「アルバン……!」とルドルフが叫ぶがすぐに咳き込む。ヨハンナが飛んできて慣れた風に介抱する。咳が収まるとヨハンナは出て行った。ヘルツはテーブルの側にあった椅子をベッド横まで引っ張った。
「ルドルフ」ヘルツは久しぶりに友達を呼んだ。
「来てくれたんだな……来てくれないかと思った……」
「そんなわけないじゃないか。手紙をくれてありがとう。……ミハイルの墓にも、寄って来たよ」
そう言うとルドルフがわっ、と泣き出した。「ミハイル! 良い奴だったのに! あんな奴のせいで……あいつさえいなければ、誰も苦しまなかった! 誰もあんな恐ろしいことをしでかす必要も無かった! ミハイルの父親が無罪で投獄されることも無かったのに……」
ヘルツは唇を噛んだ。ウィーン警察でいくつもの事件を手掛けたが、口を開くのがこれほど哀しい、と思ったことはない。しかし躊躇えば躊躇うほどミハイルの墓と碑文が蘇る。
「ルドルフ」とヘルツは口火を切った。「アルフレート・ベスターを殺したのは、やはり君だったんだな」
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