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ルドルフの目が大きく見開かれた。ヘルツは一瞬心臓発作を起こして死ぬのではないかと思った。しかし実際にはそんなことはなく、泣きも喚きもせず覗き込むようにヘルツを凝視した。
「な、何故そう思う?」と喘ぎ喘ぎ聞いた。「あんなヤクザ者、子どもが殺せると思うのか?」
「ああ」とヘルツは頷き、ルドルフを見つめ返した。それにルドルフは後退りしたそうに飛び上がった。ヘルツはそれを哀しく見て顔を伏せ、話を始めた。
「君も今、言った通りベスターは力も強いならず者。正面から襲ったら間違いなく返り討ちにされるのは目に見えている。それはエーリヒ・アルデンホフだって同じだ。後ろから襲う? 複数で殺しにかかる? それも不可能だ。いくらひどい雨でも人の言い争う声を掻き消すことは出来ない。その声を誰も聞いていないことは君だけではなく、ヴォツェック老嬢やお隣のブラッハー一家とフンメル夫妻も聞いている。よってこれは真実だ。
だから答えはあまりにも簡単だ。簡単過ぎて誰も思いつかなかっただけだ。……ベスターは襲われて殺されたんじゃない。自ら首を斬られに行ったんだ」
ヘルツはそこで口を閉じた。ルドルフの目にヒビが入ったのを認めて話を再開した。
「方法は簡単だ。君は、君の家の塀とヴォツェック嬢の家の塀にベスターの首の位置に合わせて強く太い木綿糸をピン、と張らせたんだ。そこに猛スピードで馬で駆けるベスターの首が糸に引っ掛かればその速度で首が切断される。それだけだ。黒い木綿糸なら夜に溶け込んで斬られる直前まで見えなかっただろう。その後君は糸を回収しに外に出た筈だ。何故なら塀に糸が結びついているのを見つけられたらトリックが分かってしまうから。糸は馬に乗ったベスターの首に合わせなければならないから高い位置に結ばないといけない。よじ登らないと出来ない芸当だ。そして外に出るところを誰にも見咎められないことが必要だ。ヴォツェック老嬢は前者を、一人暮らしではないブラッハー一家とフンメル一家は後者を満たさない。……君はお母上の看病をしてずっと起きていた、と言ったし、木登りが、とても上手だったよな……」
言葉を結んだヘルツの脳裏に木の上から得意げに手を振るルドルフの笑顔が浮かび上がるが、その笑顔は涙で歪んでいる。子供の頃の楽しかった思い出が今はとても辛い。本当になんという残酷な形に変わってしまったのだろう。
「ルドルフ」名前を呼ぶとルドルフが顔を上げた。彼はヘルツが見届けなければならなかった、しかし見たくないと願っていた懺悔の表情をしていた。
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