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七
まだ海水浴には少し時期が早いが、海岸には自分たちと同じように、カップルが何組か来ていた。
近くのカップルは例の、引く波にギリギリまで近づき、寄せる波に急いで逃げるという、定番のお遊びをきゃっきゃ言いながらまるで、世界は二人だけ状態で戯れている。
そして航平の彼女はというと、
航平がただ静かに、沈む夕日を見つめていると背後から、
膝カックン
――そう、膝カックンだ。
「って、おい緑川。なんだよ」
「引っ掛かった~」
大笑いしている。
この日、海に沈む夕日が見たいと言ったのは彼女だった――。
隣のカップルは、はしゃぎ疲れたのか二人寄り添って砂浜に腰を落とし、肩を寄せ合っている。
こちらはというと、黙って夕日をスケッチする彼女と、ひたすらシャッターを切り続ける航平。
とてもデートには見えないだろう。
航平は彼女と付き合う限り、普通のカップルのような、まともな付き合いは出来ないだろうと思っていたが、やはりそうだった。
関係が変わろうと結局、彼女はあくまでも彼女なので、どうにもならなそうだ。
そうして次第に、彼女と付き合ううちに多少変わったことも、ある程度はなんとも思わなくなったから不思議である。
それでも、変わり者同士と言われないよう、気をつけてはいるが、時折、正常な感覚を忘れそうになってしまうから恐ろしい。
本当は自分も、相当な変わり者ではなかったのかと思うこともある。
そうして、彼女と会う時はだいたいこんな感じで、美大に進んだ彼女のスケッチに付き合わされることが多く、始めは隣でぼうっとしているのもつまらず、スマホで写真を撮っていたが、そのうちに、もう少し良いものが撮りたいと思うようになり、バイトで貯めた金で新しいカメラを買った。
プリントアウトしたものを彼女に渡すと、かなり喜んでくれた。
その時見せてくれた、極上の笑顔がまた見たくて、こうして写真を撮り続けているのだ。
その笑顔をもう、ほかの誰にも見せたくなくて。
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