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一(一)
がばっと大きな口を開けてハンバーガーを頬張る緑川は、もぐもぐ口を動かしながら、更にポテトに手を伸ばした。
――喉、渇かねーのかな。
見ているとこちらのほうがそんな気がして、航平はコーラを口に含んだ。
彼女も同じタイミングでストローに口を付ける。
「そこ、付いてるよ」
口の端に付いたケチャップを指差すと、彼女はペロッと舌を出して、口のまわりを舐めた。
「うまそうに食うよな」
「だって、おいしーんだもん」
今まで航平が付き合った彼女の中に、大口開けて食べる女はいなかった。
緑川菜友は彼女ではないが、たとえ彼女でなくても、男の前でこんな食べかたをする女は、普通いないだろう。
緑川とはこの日、駅で偶然会った。
昼時ということもあって、彼女はグーグー鳴り始めた腹を押さえて、
「お腹すいてもう限界。家に帰る前に飢え死にしちゃう」
と、近くのファストフードを見つけるや一目散に駆け出して行ったのだ。
なんとなく後を付いて行った航平は、違うセットを注文した。
彼女は、本当にうまそうに食べる。
黙って普通にしていれば、そこそこモテそうな顔をしているのに、その豪快な食べっぷりはないだろうと思う。
「おまえそんなんじゃ、彼氏なんて出来ねーだろ」
「この間、男の人に声掛けられたよ」
「へ?」
彼女はハンバーガーを平らげ、ポテトを食べきると、アップルパイに手を伸ばした。
「まだ食うのかよって、違う、そうじゃなくて、声掛けられたって? まさか」
ナンパ、よりも真っ先になにかの勧誘が浮かんだ。あるいは詐欺。
「ナンパっていうのかな」
「え~!」
思わず大きな声が出てしまった。
でもまあ、普通にしていれば、彼女だってその辺のJKに一応ひけはとらない。
まあナンパされてもおかしくないルックスではある。
「いや、なんで? え、で、どうなったんだ?」
意外過ぎて、多少パニくる。
「断ったよ」
「え? まさかおまえのほうから?」
「そう。だって、好きな人いるし」
――へ? 誰だよ。
彼女はアップルパイの容器をくしゃっと潰した。
「よし、デザート食べよ!」
「へ? デザートってアップルパイはデザートじゃねえのかよ、っつかおまえ、好きなやついんのかよ」
「アップルパイはデザートではありません」
「いや、立派なデザートだろ。おまえこれ以上甘いもん食うと、太るぞ」
彼女は普通に無視して、トレーを手に立ちあがった。
「美味しいスイーツのお店、教えてあげる」
「え? いいよ、おれは別に」
こちらの意志など関係ないとばかりに、彼女は振り返りもせず店を出た。
「どこ行くんだ?」
彼女は駅の裏通りへと進んで行った。
黙って付いて行くと、商店街の外れに小さな駄菓子屋があった。
「駄菓子屋じゃねえか」
「そーだよー」
「スイーツじゃねえじゃん」
「甘いものだよ~」
「そうだけど、スイーツとは言わねえだろ」
「スイーツって甘いって意味でしょ。同じ同じ」
「同じって、同じじゃねえよ。おまえその認識改めたほうがい……」
「あった!」
彼女はこちらの言うことなど耳に入らないようで、所狭しと棚に並んだ駄菓子の中から、一品取り出した。
「ほら、見て」
「あ?」
「きなこ棒」
彼女は嬉しそうに二、三個手に取ると、会計を済ませて戻って来た。
「どこかで、座って食べよーか」
彼女は店を出て、きょろきょろと辺りを見渡した。
「あの公園、よさそう」
指を差すと、そのまま駆け出して行った。
「あ、おい」
なにも言わずにさっさと行ってしまうため、しかたなく追い掛ける。
彼女は、公園にベンチを見つけると、よいしょと腰を下ろし、袋を開けてきなこ棒を取り出した。一つ口に入れて、こちらにも袋を差し出す。
「食べる?」
「いや、おれはいい」
「ふーん。美味しいのに~」
これだけ食べて、よく太らないものだと感心する。
「そろそろおれ、帰るわ」
なにもすることもなく、航平が立ち上がると、
「あ、待って」
彼女は、「はい、これ」となにかを差し出した。
「あ? なんだきなこ棒じゃねえか。だからいらねえって」
「あ、違った」
彼女はポケットの中をごそごそとあさる。
「これだった」
見ると、一本のシャーペンだった。見覚えがある。
確かどこかでなくしたきりずっと見つからなかったがまさか、
「これって、おれの」
「そ。落ちてたの拾ったの。いつか返そうと思って、持ってたんだ~」
「だったらすぐ返せよ」
「だって、忘れてたんだもん」
「忘れてたって……これって確か……」
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