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よく見るとパーツの一つ一つに、面影はしっかりと残っていた。
笑うと浮かぶ右頬の片えくぼに、左目尻の泣きぼくろに、ふっくら丸みを帯びた広い額。確かに、確かに真帆ちゃんだ。おっとりとした話し方なんてまるで変わっちゃいない。しかしそれ以外の特徴、主に体型に関して言うと、もはやまったくの別人。たとえるならば「お通し」と「お通じ」くらいの振り幅があった。
「久しぶりだねえ」
「いやいや、本当に久しぶり。元気してた? っていうか、聖二といまだにつながってたってことに驚きだよ」
「ええと、高校が別々だったから疎遠になってた時期もあるんだけど、専門でまた一緒になって」
「マジで?」
「わたしも驚いたよ。ガソリンスタンドに就職したって風の噂で聞いてたのに、この人、いつの間にか後輩になってるんだもん」
先ほどから枝豆ばかりつまんでいる聖二が、いかにも二枚目風な表情で横から口を挟む。
「一度きりの人生、やりたいことやらなきゃなって、やりたくもない洗車作業中にふと気づいたんだよ」
「聖ちゃん、前は給油作業中って言ってなかった?」
「そうだったか? うはは!」
豪快な笑い声が耳朶を震わせたのとほぼ同時、テーブルにアルコールが運ばれてきた。中ジョッキになみなみと注がれた、黄金色に輝く、泡立ちのいい生ビールが三つ。
店員がいなくなったタイミングで崩していた足を正座に整えた聖二が、
「そんじゃ、あらためて乾杯といきますか!」
「だな」
「うんうん!」
今宵はまだまだ、これからだ。
「それでは、トリオの再会を祝して!」
カンパーイ!
三人の晴れやかな声が、キンキンに冷えたビールジョッキの触れ合う音が、まるでユニゾンのごとくきれいに重なり合い、店内の隅々にまで響き渡る――。
それから僕らはワイワイガヤガヤと、時間も忘れておしゃべりに興じた。正直なところ話の内容なんて、今となってはからきし覚えていない。けれど、しゃべれどもしゃべれども、話題は尽きることがなかった。幼少時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥りながら、聖二に、真帆ちゃんに、そしてこの夜に感謝する。
たっぷり三時間ほど飲み交わし、店を出る頃にもなると、外はもうすっかり深い闇に包まれていた。
「楽しかったあ」
「ほんと、昔に戻ったみたいだったよ」
深夜十一時。僕らトリオは別れを惜しむかのように、店先でだらだらと駄弁り続けている。
何気なく見上げた夜空には、大きな、大きな満月が一つ。そのあまりの妖艶さに目を奪われている僕の傍らで、真帆ちゃんが出し抜けに「わああ」と甲高い声を上げた。
「ねえ、あの月、八朔みたいじゃない?」
「八朔?」
「八朔、知らない? わたしの地元、因島の名産品なんだあ」
もちろん知っていた。何せ八朔は、ばあさんの大好物なのだ。
もしかすると、ばあさんは今、あの月から僕らのことを見下ろしているのかもしれない。
突拍子もないメルヘンに浸りつつ、いたずらに聖二を見やると、奴もまた頭上を見上げていた。何を考えているのかはさっぱりわからない。彼の真っ直ぐ過ぎる眼差しの向こうに、果たしてばあさんの姿は映っているのだろうか。
再び夜空に視線を転じる。胸を反らす。丹田まで深々と息を吸い込み、そして僕は八朔の月に、希う。三人の縁がこの先十年、二十年と続きますように、と。
「来年の夏もまた、このメンツで飲めたらいいな」
あまりにも自然に口を衝いて出た言葉は、本心以外の何ものでもなかった。
僕のつぶやきに、間髪入れずに二人が続く。
「飲めたらいいな、じゃなくて、飲もうぜ。なあ、真帆?」
「もちろん! なんなら今からスケジュール空けとくし!」
「うはは、さすがに気が早過ぎるって」
「だって、すっごく楽しみなんだもん!」
首筋をかすめる涼やかな夜風が、夏の終わりを報せている。
眩いばかりの月明かりの下。安っぽいネオンサイン煌めく歓楽街に、僕たちの賑々しい声がいつまでも響き続けていた。
「八朔の月に、希う」完
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