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目覚め~旅立ち
な、なんだ。ここはどこなんだ?
「お、意識が根付いたみたいだねー。どう、気分は?」
鉄格子の向こう側の、見知らぬ女性から声をかけられている。
鉄格子……檻? そうだ、ここは檻の中だ。俺は何でこんなところにいるんだ?
急な展開に訳が分からず、俺は助けを求めるように目の前の女性に質問をした。
「こ、ここは……あんたは誰なんだ?」
「私……? あははははははは!」
俺の問いかけに、なぜか女性は笑い声をあげた。その表情は、ちょうど彼女の後ろにある扉から入ってくる光で逆光になっていて見ることが出来ない。だが、心底愉快そうにしているのがその声色から想像できた。
「そんなことより、もっと先に聞くべきことがあるんじゃないのかな?」
「なにを……」
「気づかないのかあ、ほんと面白いな。じゃあ聞くよ。『キミは誰だい?』」
俺は……っ!?
言われて初めてハッとする。なぜだ、どうしてこんなことに気付くことができなかったんだ。
俺の中にある『常識』と照らし合わせて、どう考えてもおかしい現状を今はっきりと理解した。
俺は、『俺が誰なのか』を全く知らない。
「……」
「へえ? 意外と驚かないんだね」
「記憶喪失……とか。あんた、何か知ってるんじゃないか?」
「んふふ~、どうだろうねぇ」
女性はもったいぶって話そうとしない。先ほどからずっと感じる、どこか面白がっているようなその振る舞いにイラつきを覚えた。
こいつは、絶対何かを知っている。問い詰めて、白状させなくては。
俺は反射的に、鉄格子があることも忘れて目の前の女に飛びかかろうとした。
当然、檻と体が衝突し、大きな衝突音が部屋に鳴り響く。……痛い。
「こわいこわい、凄い目つきだね。……ねえ、君がしたいことは何だい?」
「決まってる。お前から事情を聴きだす」
「その後は?」
「その後……」
コイツは本当にさっきから何を言っているんだ? その後のことなんか、今考えることなどできるわけがない。
「記憶を取り戻す。それと、この狭い檻の中から出る」
「それから~?」
「……今は、何も」
「う~ん、失敗かなぁ? いや、もう少し刺激が必要なのかも……」
女は、急に話を切り上げたかと思うと、身を翻し扉の方へと歩き出した。
「お、おいっ!!」
当然俺は、慌てて声をかけた。鉄格子を掴み、何とか女を引き留めようとガタガタと揺らす。
女は、ゆっくりと半分だけ顔をこちらに覗かせた。
「記憶は無理だけど、檻から出るチャンスならくるよ」
「ほ、本当か」
「けしかけるからね。それをものにできるかは君次第」
「がんばってね~」と軽い一言だけ残し、女は扉の向こうへと消えていった。
そうして、辺りは静かになる。一人になると、途端にやることがなくなり、頭の中が不安でいっぱいになっていった。
「一体、なんなんだ……俺が何したって言うんだ」
想像だけが、頭の中でぐるぐると渦巻いていた。自分は何者で、どうしてこんな状況に陥っているのか。
女の言葉と、周りの状況。少ない情報から何とか推測を立てようと、思考を働かせる。
檻の中にいるということは、やはり何かしらの罪を負って囚われているということなのだろうか。しかしそれにしては、見張りはいないし扉も開け放たれているしで、どうにも警備が甘いような気がする。
そこまで考えて、気付く。耳を済ませば聞こえてくる他人の声。それは、扉の向こうから微かに聞こえてくる喧騒とはまるで違う、弱々しい声。
「ウッ……ぐす、ぐす」
「グウゥ……うぁ」
「やだ、やだよぉ……ママぁっ」
すすり泣くようであったり、呻くようであったり……それらは部屋の中の、すぐ近くから聞こえてきていた。檻の中からでは確認できないが、どうやら俺以外に何人か囚われている人がいるみたいだ。
それらの状況や、聞こえてくる声の悲痛さから予測されることは、正直最悪過ぎてあまり考えたくはない。
だが、ツカツカと足音を立てて部屋の中へ入って来た男たちが浮かべていた下卑た表情。さらにはその台詞。それらのことから俺は、どうしようもなく確信を持たざるを得なかった。
「ぅヘヘ……旦那、どんな奴隷をご所望で?」
「メスがいい。できるだけ若くて、見た目も良いやつだ」
ですよねー。やっぱり奴隷だったか。
会話しているのは、いかにもと言った感じで愛想笑いを浮かべる小太りな男と、ゴテゴテな装飾を身に着けたちょび髭のおっさんだ。
見定めるように、見下すように、じろじろと遠慮なくこちらに注がれる視線を受けると、思わず身震いしてしまう。コイツに買われてしまったら、その後の人生が全く碌なことにならないことは、容易に想像することができた。
小太りな男―おそらく奴隷商だと思われる―が、部屋の隅へと移動し一つの檻を指さした。
「でしたら、こちらの奴隷などはどうでしょう。犬耳族の獣人で、年齢は十歳ほど。捕縛中雑に扱われたせいで傷はややありますが、新品ですし、何よりこの器量です!」
「ひぃっ……いや、いやだ」
「おお、いいな。決まりだ」
檻の中からでは会話しか聞こえないが、どうやら決まってしまったらしい。嫌がる少女の声が聞こえ何とも痛ましいが、俺にはどうすることもできない。ご愁傷さまだ。
檻が運ばれる音とともに、少女の悲鳴が部屋に響き渡る。扉から出ていくときにちらりと見えたが、本当にまだ小さな、可愛らしい少女だった。犬のような耳がついて、尻尾も生えていた。だから「犬耳族」か。
「もう一匹欲しいな。同じようなやつがいい」
「おお、それなら……」
どうやら男は、もう一人愛玩奴隷が欲しいらしい。貪欲なやつだ。
だが、俺には関係ないだろう。奴の条件は「見た目の良い少女の奴隷」だ。今ほど自分が男で良かったと思ったことはない。
奴隷商人がツカツカと歩き始めた。こちらの方へと近づいてきている。俺の近くに丁度いい奴隷候補がいるのだろうか。
足音はゆっくりと、しかし確実に迫ってくる一方だった。結局奴隷商は、俺のいる檻の目の前まで来ると歩みを止めた。
「こちらなどはいかがでしょう。先ほどの奴隷同様器量よし、若いメスの獣人奴隷です!」
んんっ!?
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