子供の頃の友だち

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子供の頃の友だち

ひっこみ思案でおくびょうな僕にとって、子供のころの唯一の友と言えば、絵本だった。  何かと言えば僕は絵本をよんだ。 絵本は僕にたくさんのことを教えてくれた。 世界は広いということ。 空は青色だけじゃないということ。 言葉は通じないときもあること。 明日は毎日来るわけじゃないこと。  絵本は僕を様々な場所に連れていってくれた。 知らない街。知らない人々。 動物たちが暮らすジャングル。 キラキラと星が輝く宇宙。 イルカの群れが泳ぐ海。  時に真夜中に、四角い小さな窓から僕を連れ出して。 時に雪の降る山の中を、 雷の鳴る雲の上を、 降り注ぐ火の粉の下を、 絵本は、右へ左へ、僕の手を悠然とひきながら。  無人島で魚をとって過ごしたり。 魔法の剣でドラゴンに挑んだり。 お化け退治をしたり、タイムマシンで未来に行ったり。  あの頃、絵本だけが僕の友だちだった。  そんな思い出がいっぱい詰まった絵本と、大人になってから、ふと立ち寄った本屋で偶然再会した。 「よぉ、絵本」  僕が声をかけると、絵本は驚いたように振り返った。 「君か」 「今何してるんだ?」 「相変わらずさ。世界中を回って……冒険家の真似事だよ」 「変わらないな、絵本は」 「そうでもない」  絵本が笑った。 「苗字も変わったしね。今は絵本(えもと)じゃなくて、斎藤(さいとう)だ」
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