moonlight shadow~悪魔の誤算~

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俺は頭を押さえた 「クククッ… その様子じゃ、人間に戻りたかった記憶もなくなってしまったようだね ほら、あそこを見て ベッドで寝ている女がいるだろう? あそこは、余命が幾ばくも無い人間が集まる場所なんだそうだよ 今のその姿じゃ、あそこにいる人間くらいしか騙せないんじゃあないかい?」 俺は歯ぎしりをした 「ほら…人間に戻りたいんじゃあ、ないのかい…?」 そいつが言っている言葉は、俺を騙している言葉だともうわかっていた けど、引く事の出来ない現状では、前に進む事しか選択肢は残されていなかった そうしないと、良くも悪くも事態は変わらないからだ 俺は飛び立ち、ベッドで眠っている女の元へ行くことにした 「そうそう、それでいいんだよ 君は低俗な悪魔”以下”の存在なんだから!」 俺の背後で、動物の金切り声みたいな、やつの高笑いが聞こえた その部屋にいとも簡単に侵入すると、窓際で眠っているであろう女に近づいていった 「誰かいるの…?」 寝ていると思った女は、透き通るような声を出した 俺は構わず女に近づいていく 随分若い …20代…だろうか… そんな年齢なのに、寿命が尽きようとしているなんて… なんて…同情のような気持ちが湧いてしまい、思わず首を振る 月光の下 俺の醜い身体が照らし出される 女には逆光になって、黒い何かの物体にしか見えないだろう 影はコウモリのような大きな翼を映している 「もう、迎えに来るなんて…早いのね…」 女は驚くでもなく、何か諦観したような、針で突いた風船から空気が漏れだすような声でその言葉を言った 「生憎、俺は死神じゃなくて悪魔でね」 「悪魔… 悪魔も…人間を迎えに来るの…?」 「今夜は特別なんだ」 「そっか…」 女は、力なく笑ったように見えた 「悪魔は死神と違って、最期に、夢を叶えてやることは出来る」 「え…?夢…?」 女の首が微かに動き、俺の方を見ようとしているのがわかった 「そう、最期の夜に、愛する人の思い出や記憶の夢を見せてやれる」 「なんだ…そういう事か… …だったら…私は… 恋人だった人に会いたい 昔…私が高校二年生だった頃…突然死んでしまったの… 彼に会いたい… 夢の中だけでもいいから…最期に会いたいの…」 「まあ…お安い御用だよ ただその夢を見る代わり、君は俺と同じ悪魔になる いいね?」 「悪魔か… 死んだら天国とか、天界とかそんな類の…場所に行くのかな…とか…ぼんやり思っていたんだけど…」 そういうと、しばらく間が空いてまた女が話し出す 「ねえ、悪魔の世界は楽しいの?」 俺は長くなった爪で、額を掻きながら言う 「まあ、今のその状態よりは… とても楽で… 自由な世界だよ」 女は声にならない、空気が抜けるような笑い声を漏らした 「だったら…、悪魔の世界も悪くないかもね…」 「交渉成立だな」 俺は女に薬を渡し、グラスに水を注いでやった 「その薬を飲むと、愛する人の夢が見れる」 グラスを受け取った女は、また空気が抜ける音みたいな笑い声を漏らした 「私、毎日…薬飲んでる… 悪夢しか、見ないけどね…」 薬を飲んだ女は、すっと眠りに入った
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