moonlight shadow~悪魔の誤算~

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「佐伯じゃん」 振り向く 「コバヤシ」 「なあ佐伯、茶ぁ、しばかね?」 俺たち四人は北口のファミレスに入った 「ねえ、お金貸してよ」 「なんだよその目 お前中学の時は金貸してくれたじゃん」 「ってかさっきの子、彼女?」 コバヤシの仲間の三人のうち、一人が言う 「へ~…佐伯 新しい彼女いたんだ」 目を覚ますと、真っ白の天井 消毒液の匂い 身体に繋がれたチューブ いつもの病室だった 私生きてる… 死んでない 昨日私は月夜の中、悪魔に会った だからもう、目が覚めないのかと思っていた 嬉しいような、がっかりしたような 不思議な気分になった それにしても… 「…何…さっきの夢…」 私は、さっき見た夢を思い返した やけにリアルで… まるで、本当にあった出来事かのような臨場感があった 昨日悪魔は、最期の夜に愛する人の夢を見せてやれると言っていた てっきり浩司(こうじ)の夢を見れるかと思った …けど 私が見た夢は、明らかに浩司が視点の夢だった それを、俯瞰して見ている…とでも言おうか つまり 夢を夢と認識している状態 あ、そっか だからやけに臨場感があったのか でもあの夢の内容… コバヤシって… どこかで… 「三ノ輪橋さん、三ノ輪橋秋(みのわばしあき)さん」 トントン、とノックが聞こえた 入り口を見ると、医師と看護師が入ってきた 「三ノ輪橋さん歩けるの…!?」 「え…?」 看護師が驚いた表情で近づいてきた あれ… そういえば私… 普通に歩けている… と言うか 病気になってから、身体がもう動かなくなってしまっていたけど 今は身体がやけに軽い… 「信じられない…先生…」 「いやあ…これは驚いた…」 医師と看護師は感心したように私をまじまじと見た 「昨日まで殆ど話せない、殆ど身体が動かなかった人とは思えない…」 医師が顎を撫でながら、訝しそうに言った 夕食後、いつもの薬を飲んだ この薬は、今の私の病気を治すための薬じゃなくて 痛みや苦しみを緩和するためだけの薬だ もう、私の病気は薬を飲んでも治らないから… にしても、今日はいつもより薬の量が少し多いような…? 薬を飲むと、何故か急激に睡魔が襲ってきた あれ… すごく眠い… 私はそのまま眠りに落ちた 「彼女、どうなってもいいの…?」 コバヤシは携帯で撮った秋の写真を見せて来た どこで、どういう状態で撮ったかはわからないが 画面の中の秋は笑顔で、何かの瞬間をシャッターで切り取った後 ぞっとした そこまでするこいつの執着と 姑息さと 執念に 「俺の友達チンパンばっかだから、何するかわかんないかもー」 コバヤシの仲間の一人が半笑いで言った こういう場合、金を渡しても、根本的な解決にはならない 相手は何度も何度もそれを繰り返してくるだけだ その度につけあがってくるのがオチ けれど 俺の事情で、秋にまで危害が加わるのは何としても避けなきゃならないし 秋だけは守らないとならない 死ぬつもりはなかった その日俺は パソコンで、学生寮や、賃貸アパートを調べていた 親元を離れて学生寮で生活は出来るのかとか 高校中退で、家を出て、一人暮らしでどのくらいお金がかかるのか どのくらいお金があれば生活していけるのかとか そういうことを調べていた はずだった 「へ~…佐伯… 新しい彼女いたんだ」 コバヤシの言葉が、耳にこびりついて離れない そんなんじゃダメだ そんなんじゃ… 秋を守れない 俺はどうしょうもなく 非力で 人望もなく 人生経験も浅くて 社会で生きていくのが下手くそだ 二の腕の、丁度半袖を着ると隠れるくらいの場所に カッターに力を入れて、肉をプチプチと裂いていった でも、これでは暫く血が出て、やがて止まる 致死量ではない 人間が大量出血で死ぬには、身体の三分の一の血液が一気に減らないとならない だから、リストカットで死のうとするのは、確実性が薄く効率性が悪い でも、死ねない事はない 浴槽に水を張り、血液が凝固しないように切った腕を沈めるんだ 普段使ってる、細いカッターじゃなくて 大きな幅広のカッターで、太い血管を切断するように、一気に腕を切る そんな… 止めて… 待って… 浩司…!!!!! どのくらい経ったかわからない ベッドから飛び起きた 涙が頬を伝って落ちた これは、夢じゃない… 夢なのかもしれないけど、夢じゃない 現実だ 多分、浩司が経験した事…なのかもしれない… そう、私は直感的に思った だとしたら と言うか、だとしないと合点がいかない だって… 「弟さんが亡くなったのは本当なんですか?」 「ええ、そうですね、こちらもバタバタしていてようやく落ち着いてきたんですが」 浩司の死因は自殺だった 電話で兄弟の死を淡々と語っていたお兄さん 「原因は…なんだったんですか?」 「弟の遺品整理をしていた時、数枚の紙切れにランダムに数字が書かれていたんですよね」 「数字?」 「はい、最初なんかの暗号かと思ったんですが、桁が同じものが多く、はっと気付きまして、お金の数字だと思ったんです 紙切れには”コバヤシ”と書かれていて… 多分そのコバヤシもストレスの原因だったんだと思います」 「ストレス?その人のせいじゃないんですか? きっと浩司は! …浩司さんは、そのコバヤシって人に脅されて金を巻き上げられていたのが原因で!」 「わかりません 紙切れだけの証拠じゃなんとも… 弟はそうじゃなくてもメンタル病んでいたので… 色々なことが複合的に絡んでしまったんだと思います」 コバヤシ… 夢に出てきたヤツ… 高校二年生の時に浩司のお兄さんに聞いた話と、さっきの夢の中の話がやっと繋がる そして浩司は 「そんなヤツから、私を守るために 死んだんだ…」 そんなヤツから そんな人間から でも そんな事実 今まで知らなかった 「何で… 浩司… 今更…」 だって浩司はそんな事、一つもメッセージを私に残して逝かなかったから もっと早くにこの事実を いや、事実かもわからないが 仮に事実を知っていたら いや… そんなタラレバ論、考えたところでもう遅い… 遅すぎる… 何もかも… 当時、私は浩司のお葬式には行けなかった と言うか、お葬式をどういう風にしたのかも知らない ただ、お葬式には行っていない だって私は佐伯家の親族でもないし、学校の関係者でも、クラスメイトでもない 他校生の… 浩司の恋人って言うだけで… でも彼氏彼女なんて、私たち二人で呼び合っている名称であって 公的な証明や証拠は何一つない そんな恋人(他人)が 浩司のお葬式に入る隙間なんて、一つもなかった 私は 浩司にとって、何だったんだろう
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