取り付け騒ぎ

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取り付け騒ぎ

「東京都○✕区にある、護山起業塾が経営破綻し、授業を受けられなくなった受講者達が、受講料の返還を求めて、教室の前に押し寄せています」 百合子は、オープンしたのはいいものの、さっぱり客が来ないカフェのカウンターの椅子に座り込んだまま、そのニュースを茫然と眺めていた。良子が言っていた事が当たった…。 あの子はいつもそうだ。用心深くて、賢い。町のおばちゃん達の噂話が蘇る。 「顔だけなら百合子ちゃんが自慢出来るけど、嫁となったら頭も良くねぇとな…」 「やっぱり嫁に貰うなら良子ちゃんだべ。一浪したお兄さんより頭もいいし、浮いた話も聞かなねぇから、身持ちも固そうだ」 「んだな、嫁に貰うなら浮わついてない賢い子に限る。孫の頭の出来も違ってくるべ」 朝早くから田畑の世話をして、昼間は工場にパートに行くおばちゃん達。あんな風な、ダサイ人生を送りたくない。だから、調理師になって修業して開業したのに…。 いつも、いつも、最後に勝つのは良子。 ド田舎から県央の進学校に行って、TK大に現役で受かって、大手企業の内定を貰ってくる。母親の一言が今でも頭から離れない。 「努力出来るのも才能のうち。良子ちゃんの家は、壁という壁に覚えなきゃいけない事が貼ってあるの。おトイレを借りてびっくりしちゃった。トイレにまで数学の公式があってね…」 その言葉の外側には、なんでうちの娘は、金のかかる、私立高校にしか受からないんだろうという嘆きが見え隠れしていた。 百合子は、無意識のうちに良子の携帯電話に電話を掛けていた。コンサルタントの護山には300万のコンサルタント料を払ったのに、連絡が付かない。こういうときに、良子ならどうするのだろう? しかし、コール音だけが虚しく響いていた。良子の職場だという大手自動車会社にダメ元で電話してみた。受付の人が電話に出る。 「総務課の渡辺良子さんをお願いします。同級生の鷲宮百合子といえば伝わるかと…」 言葉を濁した百合子に、受付の女性が困惑しながら答える。 「申し訳ございませんが、当社の総務課に渡辺良子という者は在籍しておりません。課をお間違いでは?」 「え?あ、そうかも。1982年生まれで名前の漢字は…TK大卒で…」 百合子はなぜか、良子のプロフィールを少し誇らしげに受付の人に話していた。大手企業とはいえ、受付は恐らく派遣だろう。子供の頃から、疎ましいけれど頭が良くて、自慢の友達だった良子。 受付の女性は言葉を選びながら百合子に話す。 「申し訳ございません。お客様が仰る方は当社に在籍しておりせん」 百合子は、そんなはずはないと焦る。 「ちょっと、大手でしょ。ちゃんと仕事しなさいよ。良子はうちの地元一番の才媛で…」 そこまで言葉にして、百合子は気がついた。良子と再会してから、良子のお兄さん、お父さん、お母さんと一度も話していない。まさか、TK大を出て大手勤めというのは嘘? 「すみません、勘違いかもしれません」 受付の女性に謝罪して百合子は電話を切った。そして、良子の実家の電話を鳴らしてみる。数コールで良子のお母さんが出た。 「お久しぶりです、鷲宮百合子です。良子ちゃんいますか?」 良子のお母さんは溜め息をついた。 「百合子ちゃんかい?うちのお父さんと良子が大学院に行く、行かないで喧嘩してから良子は家に寄り付かないんだよ。この間のテレビで良子が映っててほっとした。身内の恥を晒すようだけど、良子から連絡があったらこっそり私にも教えて欲しいんだ…」 「おばさん…わかりました。良子が家に寄り付かないって、いつからですか?」 「5年前辺りかな…。就職もしないであの子は一体何をしてるのやら…」 あの良子が人生で挫折した。良子のお母さんに寄り添うフリをしながら、百合子は内心笑いを堪えていた。なんだ、私だけじゃないんだ、人生で失敗したのは。あの賢い良子ですら失敗してる。それを隠そうと大手企業勤めを装おうなんて、惨め。 そういえば、テレビの収録のときも、良子は頑なに勤め先だけは明かさなかった。嘘がバレるのを怖がってたんだ。ああ、なんだかおかしくなってくる。子供の頃の友達との感動の再会。テレビで放映したのに腹の底では、二人とも全然違う事を考えていたのか。 良子の実家に掛けた電話を切って、数分で良子の携帯から電話が掛かってきた。 「百合子、あれだけ忠告したのに聞かないあなたが悪いんだからね」 出し抜けに説教をする良子に百合子は、チクりと嫌味を言う。 「そっちこそ、大手企業勤めなんて嘘ついて、今どこで何してるの?おばさん心配してたよ」 良子はクスリと笑う。 「何を生業にしてるか、最後に教えてあげるわ。ちょっと待ってて」 電話の周りでカサゴソと音がする。 「やあ、鷲宮さん。カフェの方は順調かな?」 電話の向こうから、コンサルタントの護山の声がする。 「どういうこと?なんで良子と護山さんが?」 百合子の叫び声と、もう一度電話の周りの騒音が重なる。 「だから言ったでしょ?経営学の観点から考えてもおかしいって。幼なじみをカモるのは流石に気が咎めるから忠告したのに…フフフ。ま、借金返済頑張ってね」 「ちょっと、待ちなさいよ。詐欺で訴えてやる!」 「どうぞ、お好きに。捕まるほど間抜けじゃないの」 電話が切れる直前、テレビでしか聞いたことのない外国語の空港のアナウンスが聞こえた気がした。百合子は、なぜ良子がわざわざ電話を折り返してきたかわかった。 もう、出国しているんだ。ニュースを聞いていると眠くなる質の百合子でも知っている。犯罪を犯しても、引き渡せない国がある。良子はきっとそこに逃げた。 幼なじみをカモるのは気が咎めるなんて、絶対に嘘だ。しれっとテレビにも親友として出た癖に。いつの間に、良子はあんなにしたたかで、小狡い女になっていたんだろう。 「百合子ちゃん、遊ぼう」 「良子ちゃん、また明日も遊ぼうね」 小さな頃の二人はもうどこにもいない。 騙した者と騙された者、勝った者と負けた者。 二人を隔てる境界線は、血に染まる有刺鉄線のようだ。騙された人の屍が腐敗臭を放つ。 「頭の良さをどうして良い方に使わなかったの?」 百合子の問いかけに、吸血鬼に変貌した良子が答えた。 「いつでもどこでも、名前の通り良い子の良子ちゃんって言われるのにうんざりしてたの」 滴る血を舌で舐めた良子が、不気味に笑った気がした。何者にもなれなかった女が二人。一人は人を騙し、一人は騙された。金とはなんと因果なものよ、幼なじみすら裏切らせてしまう。 子供の頃の友達だと油断したのが、運のつき。カモリストの一番上には、生まれ育ち、実家の資産が把握しやすい幼なじみが載っていた。詐欺師は身近な所に潜んでいるかもしれない。 (終)
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