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アドリブ
「次のシーン行きますねー。親友の良子さんが花束を持って開店前日に駆け付ける。良子さん、涙が出なさそうなら目薬ありますよ」
テレビ屋さんというのは、用意のいいことで。手渡された目薬を仕込んで、良子は百合子の店の前に立つ。3.2.1スタート。カメラが回る。
「百合子、開店おめでとう」
「良子、来てくれたの?嬉しい」
「明日はお客さんとして行くからゆっくり話せないでしょう?だから今日のうちにと思って」
「うわぁ、綺麗な花束。せっかくだからお店に飾るね、ありがとう。何年ぶりかな?二人で会うのは」
「10年ぶりじゃない?高校卒業して進路は別々だったもんね」
インタビュアーが良子にマイクを向ける。
「百合子さんは、やはり経営者としての素質が昔からありましたか?」
良子は大きく頷いて答える。
「ええ。目標を決めると努力を惜しまない、意思の強い人です。ただ、真面目で純粋過ぎる所があるから、そこだけがちょっと心配です」
カメラの後ろにスタンバっていたコンサルタントの護山が、一瞬だけ顔をひきつらせた。
しかし、撮影は順調に進んでいき、何事もなかったかのように護山の出番になっていた。護山は自分が行っている起業塾の話と絡めて、百合子を卒業生の中でも飛び抜けて優秀と褒めちぎっていた。
胡散臭い…。このドキュメンタリー番組の取材すら、護山のツテかコネの可能性がある。テレビ番組の枠を自腹で買い取る。そこに自分の起業塾の卒業生を一人出す。起業塾に受講希望者が何人集まれば、自腹で買い取ったテレビ番組の枠の値段をペイ出来るのだろうか…。
良子は、有頂天でテレビの撮影に臨む百合子を尻目に、護山のような商売の損益分岐点を冷静に計算していた。
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