幼なじみ

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幼なじみ

「百合子ちゃんはめんこい、良子ちゃんはしっかり者。二人ともいいお嫁さんになるねぇ」 近所のお婆ちゃんは、いつも百合子を褒めた後に、忘れないように用心深く注意して、私をしっかり者だと褒めてくれた。裏を返せば、めんこくない私は、しっかり者くらいしか褒める所がないんだ。良子は小さな淀みを感じた。 東北の片田舎。私と百合子は保育所から中学校までずっと一緒だった。田舎では、幼稚園そのものが無くて、働いてる親を持つ子も、家にお母さんがいる子もみんな同じ保育所で育つ。 家が一番近いというだけで、良子と百合子はなんとなく仲良くなった。保育所の頃は、フランス人形のように可愛らしい百合子の天下だった。 でも、小学校、中学校と成長するにつれ、勉強が苦手な百合子は、料理、お菓子作り、手芸が好きという、早々に男子ウケする家庭的路線に切り替えた。 「女はちょっと抜けてるくらいがかわいい」 小6の担任の男の先生まで、こんなことを悪びれずに言う。このド田舎からいつか出ていってやる。良子は、都会のキャリアウーマンに憧れていた。こげな男尊女卑がはびこる廃れた町は、捨ててやる。良子は県央の進学校へ、百合子は私立単願で地元では、バカ女と陰で呼ばれる高校へ。それぞれの道を歩き始めた。 良子は高校で初めて地縁の呪縛から逃れた。そして、いつも百合子の添え物でしかなかった自分が、高校では、美人として丁重に扱われる事が快感だった。百合子という稀有な存在が私を邪魔していただけ。しかし、調子に乗って男遊びに興じる事もなく、時々男の子とカフェでデートをする位にして、殆どの時間を勉強に充てていた。寝る時間、移動時間、寸暇を惜しんで勉強。良子の家の壁という壁には、暗記事項が貼られていた。 TK大に進学した兄が帰省すると、 「塾にいるみたいで落ち着かねぇな」 兄が苦笑いするほど、良子はよく勉強した。 (自分のランクが上がれば、もっといい男が現れる…大学のレベルは絶対に落とせない) 良子は、浴槽に浸かりながら、ラミネートで防水加工した世界史の年表を暗記していた。 東京の大学こそ逃したものの、良子は兄と同じTK大に合格した。幼なじみの百合子は、県央の調理師専門学校に通うそうだ。 久しぶりに百合子に会った。 「良子は天才で羨ましいな。私なんて勉強は全然ダメだから、せめて調理師くらいは取ろうと思ってさ」 今流行りのギャルキャラで売っている歌手並みに可愛い彼女は、自嘲気味に笑った。その可愛らしさがあれば、すぐにでもいい相手と結婚出来る癖に白々しい。おバカなギャルだけど、調理師免許も持ってるアピールで、もっといい男を釣り上げたいだけでしょ?良子は本音を隠して愛想笑いをする。 「百合子は昔からこの町一番のアイドルだから、そこに調理師免許取ったら鬼に金棒。モテるからって選り好みし過ぎると行き遅れるよ」 地元のおばちゃん達の口調を真似してみた。 「酷いな、もう。良子こそTK大で相手を見つけないと後がないよ。この町の男どもはプライドばっかり高くて、器は小さいからね」 百合子も地元のおばちゃんの真似で返してくる。この町の価値観、女は嫁に行って母になって一人前。よくいえば世話好き、悪くいえば詮索好きなおばちゃん達の噂話は巡り巡って本人の所にまで聞こえてくる。 目立つ存在は噂の肴になる、それが田舎だ。 可愛いくて嫉妬される百合子の辛さもわかるし、表面上は良子を秀才とおだてる癖に、あんなに勉強ばかりして、嫁の貰い手はあるのかねと陰口を叩く人を大勢見てきた。勉強が苦手な百合子は、ただ可愛いらしいという見た目の評価では物足りないのだろう。 「私…結婚するより、本当は自分でカフェやりたいんだ。でも、そんなこと言ったら学校に通わせて貰えないから、料理を勉強して損はない、花嫁修業になるって説得したんだ」 百合子は寂しそうに笑う。良子も缶コーラを飲み干して囁く。 「私は、実は百合子を出汁に使った、ごめん。百合子みたいに可愛いくない私は売れ残るかもしれない。そういうときに働いて男並みに稼げる女は強い。だから短大じゃダメなんだ、総合職になるには四大なんだってな。兄貴と同じ所に受かったら四大行かせてって」 百合子はプッと小さく笑ってから、 「何言ってるんだか。おじさんもおばさんも私の事なんか関係なく文句言えないよ。お兄さん一浪でTK大でしょ?現役で受かって行かせないなんて、それこそ町中に噂が駆け巡るよ」 百合子も350mlのオレンジジュースを飲み干して、自販機の横にあるゴミ箱に投げ入れた。 こうして、別々の道を歩み始めた私達。 再会したのは10年後の事だった。
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