冬の終わりの晴れた日に

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 妖精たちの言った通り、世界に人間はいなくなっていました。  昼は家のすきまに雪が歌い、夜は月を抱いたオーロラがさらさらと子守歌を口ずさむ。  王様をネコにした街はひどく麗らかで、それだけで一つの演奏になったかのように澄んでいます。 「しかし、困ったな」  ヴィオは舞台のそでに立って、「うーん」とG線をうならせました。  妖精たちと約束した夜は、もう今日に迫っていました。  街がこの静けさなのですから、誰も音楽を聞こうなどと言うものはありません。  弦をなでれば、猫はヒゲをしびしびさせて逃げ出してしまいます。  ましてや、長く一人ぼっちだったヴィオには、楽器のともだちなんて一人もいなかったのです。 「もう、素直にあやまっちゃおうかな」  さいわいにも、ヴィオのG線は一等強かった。  一度だって切れたことはなかったし、どこか壊れるたびに、おじいさんはG線まで取りかえてくれたから、彼のG線はいつだってピカピカなのです。  だから、G線だけで演奏ができるバッハの「アリア」は、さびしい夜の、もう一人のともだちになっていたのでした。  ヴィオが耳なれない音を聞いたのは、ぼんやりと観客席に腰をおろしていた時でした。  タタタ、ピロロー、ボーンボーン。  いろんな音が重なってこちらに歩いてくるのは、まるでいつか、ホールに響いたあの歌声みたいに。  スネアドラムに、クラリネット、コントラバス。  それはオーケストラの演奏になっていったのでした。  ある晴れた、寒い冬の終わりの日のこと。  壊れるために生まれてきた一人ぼっちのバイオリンは、見たこともないような楽団に出会ったのです。
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