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その楽団にも、やっぱり人間はいませんでした。
楽器たちは自分たちでこのコンサートホールにやってきたようです。
舞台に上がって、自分の席に座りはじめた楽器たちの中には、ヴィオと同じバイオリンがいました。
ヴィオは思い切って声をかけました。
「こんにちは。何をしているんだい? こんな晴れた日に」
「こんにちは。私達はこれから演奏をするんだよ、こんな晴れた日だからね」
バイオリンの女の子が、とても落ち着いた、キレイな声で答えました。
「フィディ」と名乗った女の子は、ヴィオに弓を差し出します。
「君もどう?」
ヴィオは悩みます。
彼は壊れるために演奏をするのです。
この楽団のみんなも、人間たちとおなじように、自分を壊そうとはしないだろうか。
おじいさんはもういません。
壊されるなら、妖精たちにあやまってG線上のアリアを歌おうと思いました。
「あいにくだけど、僕は演奏のたびに壊されなきゃいけないんだ」
「私たちはそんなことしないよ? もう人間はいないんだから」
「でも、人間がいなくちゃ歌えない楽器だって、あるだろう?」
息が必要な楽器たちは──例えばホルンやクラリネットなんかは、人間がいないと声が出ないのです。
フィディは言いました。
「そうね。だから息が必要な分だけ、心優しい人間のたましいを楽団に招待するの」
「心優しい人間だって? そんなものがいるのなら、どうして僕は何度も壊されなきゃいけなかったんだい?」
ヴィオはおどろきました。
今まで自分に優しくしてくれた人間なんて、おじいさん以外には出会ったことがありませんでしたから。
「わるいけど、僕はもう歌えないよ。長い間メンテナンスをしてこなかったから、次にこの弓を引けばきっと壊れてしまうだろうさ」
だからヴィオはまた嘘を吐きました。
楽団が来たのだから、妖精たちとの約束は守られました。
ヴィオ自身が歌う必要はないのですから、あとは知ったことではありません。
それきり彼は倉庫にもどってしまいました。
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