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抱いてくれるなら誰でもよかった。
俺は出会い系アプリに登録して、最初にメッセージを送ってきた男と会うことにした。
ラブホテルの真ん前集合というのもアレだなと思いつつ、俺は派手派手しい看板の前に立っていた。目の前を行き過ぎるのは男女連ればかりで、男二人連れはどんな目で見られるだろうかとぼんやり考える。
しばらくすると、通りの向こうからコート姿のガタイのいい男がやってきた。
向こうも事前に送った写真でこちらが分かったらしく、俺の姿を認めると足早に近づいてくる。
「ショウくんだよね?」
問いかけにうなずくと、
「はじめまして、ケンジです」
かすかに笑いかけながらそれだけ言って、男は先にホテルへ入っていった。俺も後に続く。
前を行く男は自分よりも十五センチほど背が高く、聞いていた背格好通りだったことに少し安堵した。スポーツをやっているらしい、太い首筋が印象的だ。
慣れているのか、部屋の空き具合を確認すると、エレベーターの方に迷わず進んでいった。
事前のやりとりでホテル代などはすべてあちら持ちと決まっていたから、任せてついていく。
部屋は思っていたよりも広かった。十二畳ほどのスペースに、ダブルベットと、簡単な応接セットがあった。入口横が浴室になっているようだ。設備は全体的に古びていて、どことなく昭和を感じさせる。暖房が効き過ぎているのか空気はよどんでいて、うっすらとたばこの臭いがした。
「先にシャワーしてくるから、テキトーにしておいて」
そう言って男は浴室に姿を消した。
これどうぞ、と渡されたレジ袋の中を見ると、たばこと、9%のチューハイが三本、あとはつまみがいくつか入っていた。手持無沙汰なのでチューハイを開けた。飲み口はさわやかだが、これまでの経験から500ml缶を飲み終わるころにはつぶれてしまうことが分かっていたので、つとめてちびちび進める。
さっきから様子を見るに、あの人はこういうことに慣れているようだった。メッセージのやり取りの時点から相当経験があることが薄々分かってはいたけど、こうして対面してみて改めて実感した。不慣れな自分にとっては、相手に任せてさえいればことがスムーズに進むのはありがたかった。
ふと見ると、テーブルの上には時計や指輪が残されていた。
――貴重品だけど大丈夫なのだろうか。
指輪を手に取ってみる。内側には、“Kenji and Saki, since 20XX”と刻まれていた。どうやらケンジというのは本名で、既婚者というのも本当だったらしい。
スマホを眺めつつ酒をすすっていると、バスタオルを腰に巻いた姿でケンジが出てきた。交代で浴室に向かう。
シャワーを浴びながら、俺はケンジの肉体に思いを巡らせた。三十代も半ばを過ぎているはずだが、バスタオル一枚で出て来るということは、相当自信があるのだろう。実際、自信をもつに十分な身体だと思った。
浴室から出ると、部屋の照明は絞られていて、ソファでケンジがたばこを吸っていた。
「三時間とってるから」
その声にうなずき、隣に腰かける。近づいてみてはじめて、バスローブの下に何も着けていないことがひどく恥ずかしく感じられた。
「ショウくんって大学三年だったっけ」
二本目のチューハイ片手にケンジが訊く。薄暗い照明に照らされたその顔は、素面と大して変わらないようだ。
「はい」
「へえ…じゃあ、就活とか忙しいの?」
「いや…説明会にちょくちょく行くくらいです」
「説明会か。遠い昔だなあ」
ハハ、と屈託のない顔で笑う。
正直言うと意表をつかれていた。
登録しておいてなんだが、出会い系アプリといえば写真詐欺など日常茶飯事、会えば速攻ベッドに向かうことしか頭にないような男が群がるものと思い込んでいた。
けれど目の前にいるこの人は、身なりはよくガタイも立派で、やりとりには大人の余裕が感じられた。予想をいい方に裏切られたことで、自分の中で期待が高まっていくのが分かった。
調子に乗らないようにしないと――。
そんなことを思っていると、
「聞いてる?」
問いかけられ我に返った。
「準備できてる?こっち」
急に腰のあたりをなぜられる。身じろぎもできず、できてます、とだけ小さく返した。
本当は家で三回ほど練習をしてきたのだが、そんなこと口が裂けても言えない。
「えらいね、ちゃんと調べてきたんだ」
ぐっと距離をつめられ耳元でささやかれる。対面したときのそっけない声とは違う、低められた甘い声音や、バスローブ越しに伝わる体温に、耳が熱くなっていくのが分かった。そのまま首筋に舌をはわされ、バスローブの前を割られる。下着を着けていないことに驚くそぶりもない。
「かわいい」
ケンジはすでに緩く起き上がっている俺のものに目をやりながら、またもや耳元でささやいた。
俺みたいな芋っぽい男のどこがかわいいのだろう。こういう風に扱われることに慣れていなくてなんだかソワソワしてしまう自分がいた。
でもそれを上回るくらいに、ケンジの作り出す雰囲気に俺はどんどん飲み込まれて、脳みそが静かに沸騰していくのが分かった。
ケンジが俺を擦る手つきは、がっしりした手に似合わず、とてもやさしかった。ソファに腰かけるケンジの上に、足を広げ、背を向ける形で座った俺は、全くされるがままになっている。自分だけ気持ちよくなってゆるみきっているであろう顔を見られないのが、せめてもの救いだ。
気持ちよさに腰の震えが大きくなってくると、
「なめてみてよ」
耳元で微かに言ってケンジはバスタオルの前をはだけた。すでに立ち上がっている、自分とは比べ物にならないくらいのサイズを誇るそれに気圧されながら、ぎこちなく膝の間に跪き、そっと先端を口に含んだ。
それは喉の奥まで使っても半分しか隠れないほど大きくなっていて、俺はえずきそうになりながらも懸命にしゃぶった。たぶんへたくそ以外の何物でもなかったけど、歯を当てることだけはしないように細心の注意を払った。くびれのあたりに丁寧に舌をはわせるといいとネットにあったから時々そうした。
がんばって口を動かすほど、硬さを増していくのが単純にうれしかった。
そうしている間中ケンジの視線を感じていた。ちらっと視線を上げてみても、その表情は薄暗い照明のせいではっきりとは分からなかった。
ベッドに移動すると、ケンジはおもちゃを取り出して、俺の中をならした。彼の手つきはどこかやさしく、その頃にはもう完全に身を委ねきってしまっていた。
感じたことのない異物感に鳥肌がたったのは最初だけで、前と一緒に刺激されていくうちに、徐々に快感の方が大きくなっていった。
特にいい場所を刺激されると、出したことないような声がもれた。
めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、自然に出てきてしまうからどうしようもなかった。
ある程度準備が済むと、ケンジが入ってきた。ローションをこれでもかと塗りたくられたそこは、たぶん半分ほども受け入れていなかったと思う。それでも入り口がひりつくほどに存在感が大きかった。
思わず涙目になりながらケンジを見ると、
「大丈夫そう?」
と訊かれた。大丈夫、と答えると、もう少しだけ我慢して、と言いつつさらにねじ込んできた。思わず体がこわばる。それを知ってか、
「力抜いてごらん」
耳朶をなめられ、歯をやわく立てられた。髪に手を絡ませるようになでられながら、耳、そして首筋も責められて、脳内がとろけていった。
「……ッ……」
「どんなかんじ?」
訊かれても、処理しきれないほどの快感が押し寄せてきているせいで、頭がはたらかず返す言葉が見つからない。
何も言えないままでいると、
「もしかしてきつい?」
顔を覗き込んでくる。
さっきから恥ずかしさのあまりろくに顔も見られずに背けていたけど、改めて正面から間近に見るケンジはわずかに眉を寄せていて、汗ばんだまつげの向こうの瞳には心配そうな色が浮かんでいた。
こんなに気持ちよくしてもらっているのに誤解を与えてしまっているのが申し訳なくなって、俺は首をブンブンと横に振った。
ケンジがふ、と笑みをもらす。
「じゃあ、気持ちいいんだ?」
問いかけに小さくうなづくと、ケンジは口の端を持ち上げながらさらに言った。
「こっち見ながら、気持ちいい、って言って」
「………気持ちい…です……」
やっぱり恥ずかしすぎて視線をそらしつつなんとかそう口に出した。耳がすごく熱い。
「……かわいいね」
抑えた声でつぶやいたかと思うと、ケンジはがしりと俺の腕をつかんで、先ほどまでよりさらに大きく腰を動かし始めた。
荒くなるケンジの息遣いに耳が侵されて、鼓動がますます速まっていく。だんだんと加速していく律動に、頭がはじけたみたいに真っ白になっていった。
目を覚ますとまだホテルの部屋だった。
隣にケンジの姿はない。
小さく息をつきながら見た壁の時計は、五時半を指している。
ぐずぐずになっていたはずの下半身はいつの間にかきれいに拭われていた。
どうやら、あれから何度か絶頂を迎えて、そのまま眠りに落ちてしまったらしかった。
気づけば俺は昨晩の断片的な記憶を思い起こしていて、それだけなのに、腰のあたりが勝手にうずいた。
浮わつく意識とは裏腹に、喉はひりひりして、それに加えて腰がとてつもなく重く、割れるように痛む。
(――今日は講義休もう――)
そろそろ帰らなければと思い、ベッドから起き出した。
頭をすっきりさせようと思って作ったインスタントのコーヒーは、顆粒が舌に残って苦かった。
飲みかけをシンクに捨ててふと机を見ると、
仕事があるから先に出ます
というメモと一緒に、万札が二枚置かれていた。メモにはそれ以外何も書かれていなかった。
スマホも見てみたけれど、連絡らしいものは何もない。
メモのかたわらの灰皿は短い吸い殻でいっぱいになっていた。
その山をじっくり見てみても、ケンジがいつまでここにいたのかは分からない。もちろんたばこをふかしながら何を考えていたかなど、見当もつかない。
それでも、事後の時間を少しでも共にしてくれていたことに、望みを見出そうとしてしまう自分がいた。
身支度を済ませ、チェックアウトして出ると、表はまだ暗かった。芯まで凍えるような寒さの中、街灯の光を辿るようにして駅を目指す。
季節はもうすぐクリスマスだった。
ケンジは誰とどんなふうに過ごすのだろうと、考えても仕方がないのに、そんな馬鹿な考えがいつまでも頭から離れなかった。
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