こんなよい月を一人で見て寝る(尾崎放哉)

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人より獣の数の方が多い山村で、ふたりは育った。 しかしあの頃から、男は彼女に勝てた試しがない。 遊びでもケンカでも、彼女は男よりずっとずーっと強かった。 男は自分の記憶の底をさらって、そして、やっとのことで反論の糸口を思い出す。 「アイスって、お前が盗んで来いって言ったやつじゃないか。それにお前も半分食ってたぜ!」 「実際盗ったのはあなたよ。だから悪いのは全部あなたなの」 きっぱり言われてしまうと、ぐうの音も出ない。 「……すまない」 彼女には敵わない。 すり込まれた上下関係は、どうやったって変わらない。 結局、飽きるほど繰り返した謝罪の言葉を、男はまた舌に乗せる。 だが、今度返ってきたのは、深い深いため息。 彼女は、 「仕事を理由にするのにも限界があるわよ。妊娠中の婚約者が入院したっていうのに、帰ることも出来ない仕事って一体なんなの」 「……」 男は答えられない。 仕事の話は、彼女にしたことがない。 言ったって、どうせ理解してもらえない。 「……わかってる」 いつものことなので、彼女はそれだけで諦めてくれた。 男はホッと息を吐く。 けれど彼女は、 「こんなことなら、あたしたち、友だちのままの方がよかったわね」
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