こんなよい月を一人で見て寝る(尾崎放哉)

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彼女と再会したのは半年前だ。 最初は彼女だと気づかなかった。 7歳の春に別れたきりの彼女は、20年の歳月を経て、驚くほど様変わりしていた。 「ウソだろう、ミドリって、ミドリなのか?」 泥だらけだった顔に器用に化粧して、薄っぺらかった体が、すっかり丸みを帯びている。 何だか、えらく美人になっていた。 「お前、二重まぶただったっけ?」 「そういうあんたは岳彦(たけひこ)! あのウンコ漏らしの岳彦。うるさいわね。大人になったら二重になったのよ」 口の悪さは昔のままだ。 「あんた生きてたのね。てっきり死んだものだと思ってたわ」 「おいおい、縁起でもないこと言ってくれんなよ」 「だって夜逃げしたとか殺されたとか、ろくでもない噂しか聞こえて来なかったのよ」 遠慮もクソもないその物言いに、ヤクザの隠し子だと後ろ指さされた、おもしろくもない子ども時代の記憶が甦ってくる。 岳彦は、 「とにかく、まあどっかで茶でも飲もうぜ」 ミドリから目をそらして誘った。 するとミドリは、強引に手のひらで岳彦の頬を挟むと、至近距離まで顔を近づけてくる。 「あんた、生きてたなら、もっと早く連絡ぐらいしなさいよ。あんたがいなくなってあたし、三日三晩泣いたんだからね」 言うなりミドリは、いきなり大粒の涙をこぼしはじめる。 「……う」 思わず腰を引いてしまう岳彦だったが、遠慮なく垂れてくるミドリの鼻水に辟易し、そういえば、こんな風に泣くやつだったと、ぼんやりと思い出す。 あんまりみっともないので、袖口で乱暴に拭ってやった。 あいにくハンカチなんてものは持っていない。 それに、 「お前どうせ三日三晩泣いたら、後はケロッとしてたんだろ」 お天気屋で激情家なミドリだ。 まともに付き合っていたらこっちの神経がもたないと素っ気なく言うと、 案の定、ミドリはキョトンと目を見開いた。 「へへっ」 そして次の瞬間には顔をくしゃくしゃにして笑う。 「さすが岳彦、あたしのことよくわかってるじゃない」 バーンと、背中を思い切り叩いてきた。
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