こんなよい月を一人で見て寝る(尾崎放哉)

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そうやって近づいたミドリと、偶然再会した幼なじみとして、やがて気の合う女友だちとして何日かを過ごした。 しかし、ミドリの妊娠が発覚する。 それは本当に、男にとって寝耳に水で、青天の霹靂だった。 男はミドリとの結婚を決めた。 彼女の側にいようと、その瞬間に決めたのだ。 そんなふたりなのに、今は、 「岳彦、あんたあたしに隠し事をしてるよね」 「隠し事? なんだよそれ」 男は笑ってみせるが、 「いいのよ、わかってる」 彼女の声が低く沈む。 「あたしはずっと、岳彦にはもしかしたら、他に好きな人がいるんじゃないかって思ってたの」 「何をバカな」 「だって岳彦はイヤイヤあたしと結婚してくれるんでしょう。あたしが妊娠してるから仕方なく。今夜もどうせ、他の女の人と一緒にいるんじゃないの」 「おい、冗談にしても笑えないぜ」 「冗談じゃないわ!」 彼女はついに怒鳴った。 「だったらまっすぐ帰って来てよ。すぐに戻って。不安なの怖いのよ。こんな夜くらいあたしの側にいてほしいのよ!」 「こんな夜って……」 男は夜空を見上げる。 修羅場にのんびりと丸い月が浮かんでいる。 男の呟きをどういう意味に取ったのか、やがてミドリは、 「もう遅いから、寝る」 唐突に言い出した。 そして、 「さよなら、おやすみなさい」 プツリと電話を切ってしまった。 後は通話終了の文字が画面に残されている。 相変わらずの激情家だ。 癇癪を起こすと自分を止められない。 どうせ今ごろ、電話の向こうで大泣きしているクセして……。 「やれやれ、今度のケンカは骨が折れそうだ」 男はため息をつくと、携帯を操作して今の通話履歴をすべて消した。
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