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春も半ばを過ぎ
冷たい風が吹くも眩しい日が差していた
なのにその場にいるものは冷や汗を流す
誰も言葉を発せなかった
「…かおるっち何言ってんだよ。さすがに笑えねーよそれ」
下手な笑みを浮かべ困ったように後頭部を掻きむしる
東
既に扉を触れてしまった
目測が甘かったのだ
すこし記憶が混同していて
あーそうだった。ごめん変なことして。心配かけちゃったよね
そう困ったように笑うと思っていた
自分には手に負えないものに触れてしまったのかもしれない
そう思わずにはいられなかった
「え、えっと何この空気?やめてよ」
繰り返すようにそう言う
その目は暗がりのような暗さを秘めていた
「….」
東と横田は視線をかわし互いにどうするんだと叩き合う
「ねぇ」
「「はい!」」
2人はビクつく
けれども馨は気にした風もなく
告げる
「そろそろいいかな?俺これから求人雑誌見に行きたいし」
「え、ならスマホでいいんじゃね?」
「そうなの?スマホで見れるんだ知らなかった」
「そうそうまったくそんな事も知らねーのかよかおるっちは」
「まぁね。ずっと興味なかったし。でもこれからは部活もないしバイトでもすれば自分の分の小遣いぐらい賄えるだろ?その分瑞樹のゲームも買ってやれるしさ」
あいついっつもゲームばっかりなんだよ
たまには守とでも遊んでくれたらお金かからないのにね
なんて言って笑う
それに笑みを浮かべてスマホの便利さを語っていた東だが笑みを浮かべたまま口元が震える
「あ、なら二人とも家来る?今夜親遅いんだ」
「…それってさそ「変なこと言わないで」」
バシンと横田が東の顔を叩く
いてーと叩かれた場所を摩る
「はは、変なの」
そのまま家に向かうおうとした馨の腕を掴み
止める横田
その顔は険しく
らしくない表情だななんて馨は思った
「どうしたの?まだなにか…」
「あんたおかしくなってるって言ってんのよ!」
強く掴まれる
何をさっきから言ってるんだ
「さっきからなんなの二人とも。おかしいとか、怖いからやめてよ」
あれ腕の感覚がないな
おかしいと思い腕を動かす
「きゃ」
引っ張られて倒れ込む横田
それを抱き止める
あれなんでさながいるんだ?
帰らなきゃ…
先に帰っている弟のために晩御飯は何がいいだろう
レシピサイトで見た具沢山のトマトスープなんていいかな
野菜嫌いだけど少しでも食べさせないと
父さんはいつもお母さんに隠れて残したのを食べるちゃうから
俺がしっかりしないと
「俺買い物して帰らなきゃ。じゃあね二人とも」
笑顔でそう告げる
横田の肩を支える
さぁ、帰らなきゃ
「まって、まってよ」
それでも横田は掴んで離さない
「…しつこいなぁ。なんなんだよ、お前ら」
片手で顔を覆うそのまま前髪を掻きむしるようにかく
「馨やめろよ!」
血が滲むように額をかいてしまった馨を止めようとした東
が滅多に呼ばない呼び方で呼ぶ
「…う、うるさいなぁ。どうしたんだよ。帰らなきゃ。ケホッ、…あれ、学校は?」
次第に話すことも支離滅裂となる
「もう下校だろ?ほら血が出てるから…」
手を伸ばした東の手を強く弾く音がする
「あっ、ごめん。俺何してるんだろ….」
視線が定まらない目をしていた
「…俺は、どこにいるの?」
顔を上げた馨は
表情を消してそう言った
その問いに二人は固まった
二人を置いて離れようと動いた時
「馨くん!」
ハッとして振り返る馨
その目に映ったのは
まだ制服を着た照輝だった
「ああ………瑞樹。おかえり」
力なく笑い、そう言った
東は焦る
このどうしていいかわからない状況に困惑し
さらに照輝までやってきてしまった
しかも…照輝を弟の瑞季と呼んでしまった
これはダメだと感じた
「お、おいおいかおるっち。そいつは….」
「馨くん!」
大きい声でそう言った
まるで、自分を見ろとでも言うように
「……え、えっと」
困惑する馨に照輝がスタスタと歩いて近づく
その度に体の大きさにあまり合っていないランドセルが揺れる
たじろぐ馨に動じずに歩み寄り近づいた
「‥.失礼します」
馨を掴んでいる横田の手を剥がす
キョトンと固まる横田
「行きましょう」
「あっ」
手を握られそのまま連行される馨
その後ろ姿を
残された二人は見つめていた
「…なんなのよもう」
「…任せようぜ」
はぁ?と言う顔で東を睨むが
東はニカっと笑ったまま去っていた方向を見つめていた
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
「ちょ、ちょっと」
慌てた声を出しながらついていく
前にいる照輝の顔は紺色の帽子と黄金色の髪で見えない
白い耳だけはよく見えた
………
自宅に着いた
習慣で体に染みついた動作で扉を開錠する
手を繋いだままの照輝はそのまま
「お邪魔します」
と言って玄関に入る
流石に靴を脱ぐときは手を離し
スリッパを渡して
リビングに案内した
窓を開けて新鮮な空気を入れる
お隣の家の庭からの風に青草の香りがわずかにした
手を洗った照輝くんをソファに座ってもらう
何か飲むかと尋ねるとお構いなくと返答され
本当に大人と話しているみたいだなと思う
何かあったかな…
冷茶と共に出せそうなものを探す
昨夜お菓子を散々さなが食べたのですぐにだせそうかものがない
すると冷凍庫にアイスがあった
いつのまにこんなに…疑問を感じたが素早く閉めて照輝くんの元へ向かう
ソファに座っていても膝に拳を作りまるで武士のように座っていてつい笑みが浮かぶ
それを首を少し傾げ見られたが何も返さずにテーブルに並べる
ランドセルと帽子はソファ横に立てかけてある
「どうぞー」
「…いただきます」
二人で大人しくアイスを食べる
テレビはついていない
カーテンの揺れる布擦れの音と
カチカチとアイスをつつく音がする
「馨くん」
アイスを置いた照輝君が話し出した
あれ、いつのまに食べ終えたんだろう
思考が止まっていた
俺のでの中には半分溶けたアイスがあり
テーブルに置いた
「おうちに突然お邪魔して、ごめんなさい」
頭を下げてそう言った
「全然!大丈夫だよ」
慌ててそう言った
子供に頭を下げさすなんて
「…ありがとうございます」
頭を上げその後、物珍しそうにキョロキョロと部屋を見回す
「何か珍しいものでもある?」
「いえ、そう言うわけではないです。ただ、初めて来たので…」
不躾に見回してしまったと姿勢をさらに正してそう言った
「…そっか。初めてだったね。お隣さんなのに」
笑って返す
互いにガラス扉から見える白瀬家を見る
「自分の家をこうやって見ると不思議に感じます」
「うん。そうかもね」
一口グラスの中のお茶を飲む
甘い口内がリセットされる
「…馨君も同じでしたか?」
「え?」
「僕の家からこの家を見たとき」
そう言葉を重ねる
青い瞳が己を映す
「…どうだろ。あまり意識したことないなぁ」
泊まった時も部屋にお邪魔した時も
そういえば、気にしたことがなかった
それがなんだが、とても怖く感じた
「馨くん?」
眉を下げ心配そうな顔が見えた
あれ、誰だ?
一瞬そんな言葉が浮かび振り払う
何を言っているんだ
「…大丈夫だよ」
誰に言ってるんだ
「馨くん」
「な、なに!」
顔をグイッと掴まれる向かされる
「僕を見てください」
真っ直ぐに丸い瞳が
俺を映す
逃げ場は、どこにも無かった
「…….君は、照輝くん」
「そうです。白瀬照輝です」
ホッとしたように笑みを浮かべる
その顔が可愛いななんて思ってしまった
「そうだ……照輝くんだ」
頬に添えられた手に重なるように触れる
あったかかった
「はい。僕です」
ぎゅっと膝立ちの照輝くんに抱きしめられる
ぞわっとしてひゅっとして
泣きそうになった
震えた馨の手がまわされる
「あれ、なんだろおかしいなぁ。…なんで震えてるんだろ寒いからかな。ちょっと扉閉めてくるね」
そういって退けて立ち上がろうとしたが
照輝は離れなかった
離さなかった
今はその温もりが存在が
怖かった
「ちょっとさ…離してよ」
「……」
「ねぇ…」
「…」
「照輝くん…」
名前をちゃんと呼んだのに
声にならなかった
「馨くん」
ただ優しく名を呼ぶ
伝えたいことを届けようとするように抱きしめる
「……」
「辛いですね」
「……ッ」
「独りは、寂しいですよね」
「……」
「ごめんなさい」
「……?」
「ずっと一緒にいるって約束したのに。幸せにしたいって、言ったのに」
ぎゅっと抱きしめる力を強めた
「…そんなの」
「僕は本気です」
少し離れた
温もりがさり切なくなる
困り顔のような顔をして
馨の涙の跡を拭う
拭っても拭っても、涙の筋は消えない
「俺、なんで泣いて…」
「馨くんは不器用なです」
「え?」
「辛い時に辛いっていえない。寂しいのに寂しいっていえない」
辛そうに話す
「僕はあなたに頼ってほしいけど、全然頼りなくて悔しい」
「….」
「だから、どうか見ててください」
綺麗な指を透の髪を梳かすように指を差し込み
後頭部に手を添える
まるでキスをするための角度を調節するように
「なにを…」
俺自身、何を尋ねたのかわからない
照輝くんはただまっすぐ俺を見つめる
逃げることは許さないとでも言うように
「僕が馨くんのそばにいて幸せになれるかを」
小学生の彼にとんでもないことを言われたのに
高校生になった自分が情けなくも
胸がときめいてしまった
「…そ、そんなこと」
声が震える
何か言わないと
「でも今は、僕に甘えてくれませんか?」
甘えるように言われる
これでは逆ではないか
………ずるい、ずるいよ
俺が照輝くんに弱いのを利用された気がした
少し怒る
「はぁ…………悪い子だ」
「…そうかも知れません。でも馨くんが悪いんですよ」
「そんなこと」
「次僕の名前、間違ったら怒っちゃうかも知れません」
もしかしたら泣いちゃうかも?と続ける
クスクスと笑う
「………ごめんね」
「はい。許します」
「……ごめん」
「大丈夫、大丈夫だよ馨くん」
ぎゅっと抱き合う
その互いの温度が混じり合い
一つのように感じられて涙が出る
きっとそうだ
君のせいだ
「………うぅ」
「…」
「うわぁ……んぅ」
「……よしよし」
「馬鹿、………もう酷い、ひどいよ」
「ごめんなさい。恥ずかしいですか?」
「はっ、恥ずかしいよ。……でも、でもぉ」
「うん。いいんだよ馨くん。頑張り屋の馨くんも今は、今だけは僕以外見てないから」
「うう、……こんなの、見せたく無かったんだよ。家族が、みんないなくなったのなんてとっくに、とっくにわかっているのに。それでも、ふとした瞬間そこにいるような気がして………無音が、怖くなったんだ」
「そうですか。怖いですよね。僕もそうです」
「…照輝くんも?」
「はい。僕はおばあちゃんの家に置いてかれました。荷物を持ってお母さんだった人と飛行機に乗って数時間かけて移動して。おばあちゃんとあの人が話していて、いつのまにか寝ちゃってて、そして目が覚めたらもういなくなってました。」
そんなことがあったなんて
どんな気持ちで照輝くんは
その時いたんだろう
「ふとした時にどうしようもなくなって。だからもしかしたら次、僕が甘えるための口実の為に今は、馨くんが甘えてくれると嬉しいです」
少し照れくさいようで髪が揺れてふわりと柔らかい感触が頬を撫でる
「……仕方ないなぁ」
「…………はい」
俺は声を上げて泣いた
照輝くんは安心させるように背中を優しく叩き
静かに笑みを浮かべ涙を流す
二人を見るものはいない
静かな部屋に一人の泣き声と
もう一人は声なく静かに涙を流した
≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫
「うんそうそう。上手」
「…結構難しいですね」
「最初はね。あでもできてるよ」
今はキッチンで豆腐ハンバーグを作っている
今日は俺の家で晩御飯を食べることになった
あのあとしばらくして自然と離れ
照れ臭そうに二人で笑い
俺は着替え
照輝くんは一度帰宅して着替えて来て
今日は泊まってもいいかと尋ねてきた
それはいいけど、花枝さんにはと問うと既に許可は取っておいたらしい
行動が早い子だ
戻って来てから、お線香をあげたいと言って来たので
案内してあげてもらった
その所作は丁寧で静かだった…
そうして現在二人で晩御飯作りをしていた
照輝くんが頑張っているうちに
となりでスープを仕上げる
玉ねぎとセロリと余ったにんじん
味付けをして最後にかき混ぜたスープの逆方向に卵液を回し入れる
ふわりと咲くように卵が広がる
「できました」
「ありがとう。それじゃ焼こうか」
日は危ないので俺がやる
フライパンに油を敷いて焼き目をつけてひっくり返し
少し白ワイン入れて香りをつける
そして蓋をして八分ぐらい
様子を見ながら焼く
その間に大根をおろしてもらい
刻んだキャベツにハムとコーン、湯がいてある牛蒡を入れ胡麻油、マヨネーズ、すりごまと少しの醤油
塩胡椒で味付けして混ぜる
……うんおいしい
できたものから更に盛りテーブルに運んでもらう
うまくできた豆腐ハンバーグに紫蘇と大根おろしを乗せて
完成だ
好きにポン酢や醤油をかけて食べてもらおう
テーブルに料理が並ぶ
スープを置いて、照輝くんが注いでくれた冷茶で準備はできた
自分の家のテーブルを二人で囲む
そこに幻はいなかった
「…いただきます」
「いただきます!」
照輝くんはお腹が空いてたのか珍しくがっついていた
見つめられていることに気づきバツが悪そうにしたので
美味しく好きに食べてくれと言った
「……‥始めて豆腐ハンバーグ食べました。とってもおいしいです!」
パクっとハンバーグを頬張って
白飯をかきこむ
うん。作ってもらったものをこんなふうに食べてもらうのは嬉しいものだな
二人きりで和やか食事を終え
お風呂となったが二人で入るのは丁寧にお断りされた
「「あっ…」」
タオルをまた戻すの忘れていたので
もう大丈夫だろうと脱衣所にいったら足を上げてパンツを脱いだ照輝くんと遭遇し
そのまま照輝くんは素早い動きで片足で跳ねて浴室に消えた
謝ったが返事はなかった
交互に風呂に入り俺の部屋で寝ることとなった
客室の布団はしばらく出してないので良くないと思い
一緒のベッドで寝ることとなったけど
そこから大人しくなってしまった
部屋に入ると見回して馨くんの部屋と小さく呟いた
弟の私物を見ると少し複雑そうな顔をした
「さぁ寝ようか」
寝る前にスマホを確認したが
きーくんから大丈夫か?と一言きていたので
もう大丈夫と返す
もう一件はさなからで、謝らないわよと来たので
心配してくれてありがとうと返す
変なスタンプで返された
ベッドでの隣に立ち尽くす彼をおいでと催促すると
ロボットのような動きで笑ってしまった
明かりを消す
部屋は窓から差し込む光で薄暗かった
「……ッ」
俺はぎゅっとしがみついた
「か、馨くん…」
うわずった声が聞こえた
ごめんね
「ごめん」
一言そう言った
それで伝わる気がしたからだ
照輝くんは何も言わずに抱きしめ返される
照輝くんからうちの柔軟剤の香りがした
それを吸い込む。僅かに照輝くんの汗の匂いがして
そのホッとするような匂いに心がおちつく
ちょっと変態臭いかななんて考える余裕があったぐらいだった
「……馨くん」
「…ん」
「馨くんの話を聞かせてくれてありがとう。強引だったんじゃないかって、少し後悔しちゃって…」
「…」
「でも必要なことだったんだって、今は思ってて」
声が出なくて、ぎゅっと抱きしめることで伝えようとした
伝わって欲しかった
「…僕の、誰にも言えなかった話も聞いてくれて、ありがとう」
ありがとうを言うのは、俺の方だよ
そう伝えたかった
「眠い?」
「…………ん」
「ふふっ、可愛い……」
微睡む意識の中
優しく頭を撫でられた気がした
「おやすみ、馨くん…」
「おやすみ、照輝くん」
そう言えたのかもわからない
「ーーーだよ。馨くん」
小さく小さく
夜の帳の中で呟かれ一言と
額の上でした感触は
照輝しか知らない事だった
穏やかな優しい夜は
更けていった
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